非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-40
エレベーターに乗り、もう家まであと少しで着く、と言う所に来てようやく、アブリスはその疑問を口にした。
「あの…ヘクセンちゃんは…?」
漫画を手に入れた喜びで、今まで、全くそれに気が付いていなかった。
「あ、ああ…あいつ? 何か『不幸な人を助けに行きます!!』とか叫んで、どっかに飛んでっちゃったよ」
完全に口から出任せであった。が、
「え? そ、そうなんですか?」
世慣れていないアブリスは、疑うという事を知らなかった。
「そ、そうそう。あいつって、人を助けるのが趣味だから、たまにフラッと居なくなるんだよね」
「へえ…そうなんですか…」
完全に信じきっている目だった。
(まあ、和馬とヘクセンの二人を丁度良く厄介払いしただけなんだけどな…)
「じゃあ、わたしも人の役に立たないといけない、ですよね…?」
姉(型番の上での)として、妹が人の役に立っているらしいのに、自分は何もしていないという事を気にしているらしい。
「いや、別にそう気負うことは無いと思うよ? 姉さん自身『人の役に立てよう』と思って何かを作ったことなんて無いんだし」
ヘクセンについての嘘で、アブリスが少々落ち込んでしまったので、聡は一応フォローしておいた。
「そうでしょうか…」
「姉さんが、アブリスちゃんにどんな機能を付けたのかは知らないけど…まあ、それは使わないで置いた方が良いだろうね。自他共に危険だから」
ドイツ語好きの姉さんが『Abriss(破壊)』なんて無茶苦茶な名前を付けた子だ。その秘められた機能が名前通りである可能性は高い。実際、『Hexen(魔女)』という前例もあることだし。
「はい、じゃあ、わたしの中にある25の詳細不明な機能は使用しない事にします…」
「に、25!? そんなに訳の解らない機能が!?」
無機能、無抵抗という前言を撤回。彼女は、姉の非常識な多機能主義の結晶だった。
「はい…『ソーン』とか『へゲル』とか…機能の呼称は解るんですが…どんな機能なのかは全く…」
「姉さんは、一体、何を考えてるんだろうな…平気なのか? アブリスちゃん」
これでは、腹の中にいつ爆発してもおかしくない爆弾を、25個も詰め込まれているようなものだ。
「多分…大丈夫です。わたしが使おうと思わない限り、絶対に起動しないようになってるみたいですから」
「そ、そうか…気をつけてね」
と、アブリスの秘められた危険性について語り合っているうちに、二人(正確には一人と二体)は家の前へと辿り着いていた。
『ただいまー』
『ただ今帰りました、琴葉様』
四人がソファーに座って(美咲だけは、お盆を持って所在無さ気に突っ立っていたが)雑談をしてくつろいでいると、玄関の方から、そう、声が聞こえてきた。
「…先輩、帰ってきたみたいですね」
抱いていたサリィには、とうとう逃げられてしまったため、妃依は軽く膝を抱くようにして座っていた。
「ん? 今、小さな女の子の声も聞こえなかったか?」
「ああ、それが、さっき話したアブリスよ」
「では、その方が、わたくしが戴けるという…?」
「ええ、そうよ」
元々、琴葉は出来上がったモノには執着しない人間だったので、完成品は、他人にあげてしまうか、または使い捨ててしまうのである。ヘクセンは、そのどちらでもない例外だ(どちらかと言えば後者的な扱いを受けてはいるが)。
間もなく廊下からのドアが開き、聡が居間に顔を出した。
「ん? なんだ、二人とも、もう起きてたのか」
入ってきて早々、聡は、妃依と美咲の姿を捉えてそう呟いた。
「当然でしょう? 妃依はともかく、美咲には、私達に奉仕する義務があるのだから」
「確かにな…っと、燐ちゃん、いらっしゃい」
ふと気が付き、片手を挙げて挨拶をする。
「あ…はい、おじゃまさせていただいております」
燐は座ったままで、諸手を膝に置き、軽くお辞儀をする。