非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-22
「そ、そこまでアレなのは持ってないぞ」
聡はつい、ぽろっと口を滑らせた。
「…へえ、やっぱり、持ってるんですね」
聡の顔に穴が開きそうになる程の視線を向けて、妃依は幾分か冷たく言い放った。
「あっ…いや、いやいやいやいやいや、そうじゃない…多分、違う、今のは何かの間違いだ…」
こうなってしまったら、もはや言い逃れることなど不可能だったが、聡は往生際が悪かった。
「聡が何処にそういったモノを隠しているか…教えてあげましょうか? 妃依」
黙って事の成り行きを見ていた琴葉は、聡にとって致命的な一言を口にした。
『最低限の力で、最大限の効果を狙う』
それが戦争映画が好きな彼女の、お気に入りの言葉だった。
「頼むから…ホント、これだけは見逃してくれ…」
聡が涙すら浮かべて訴えた最後の抵抗も空しく、聡のある意味での大事な宝物が暴かれようとしていた。
「…いやです」
妃依はいつにも増して頑なだった。冷めた表情で、秘密の隠し場所である箪笥の一番下の引き出しの奥をガサゴソと物色している。
「わーお!! 結構ありますね!! いやはや!! 弟様の趣味がモロバレですよ!! あっはっは!!」
妃依の手によって次々と掘り出されて来る本をパラパラと読みながら、ヘクセンはあからさまな嘲笑を浮かべた。
しかし、そんなヘクセンの侮蔑に対して、聡は何も出来ずに、ベッドにうつ伏せになり、ただ哭いていた。
「そんなに落ち込む事は無いでしょう? フフ…」
琴葉は聡の横に腰掛けて、頭を撫でて慰めた。原因が自分にある事は棚に上げる。
「あうううううう…ひどいや、姉さん…」
聡はあまりのショックに幼児退行を引き起こしていた。
「私の高性能なセンサー類を駆使すれば!! 各ページの使用率をグラフにして表示することも可能ですよ!? マスター!!」
「…それは、少しだけ知りたい気もしますけど…遠慮しておきます」
妃依は、発掘された本を読みながら微妙に頬を紅潮させて答えた。
「…普通に、えっちぃですね、コレ」
そう言いつつも、読むのはやめない。少なくとも興味をそそられているのは事実であった。
「マスター!! マスタァーッ!! そりゃマスターに比べれば!! これ等のお嬢さん方は魅力的ですよ!! 何と言っても胸が!!」
「…うっ…それは、まあ…否定できませんけど…ぅわ…これ、すごい…」
妃依は次々と本を回し読んでは、赤面しつつも際どいページで目を止めていた。
「ひ、ひよちゃん…そんなにじっくり見ないでくれ…死にたくなってくる…」
少しだけ正気を取り戻した聡は、ベッドの上で悶え転がり、そして落ちた。落ちてもなお悶えていた。
「私なりに傾向を分析した結果!! 弟様の嗜好は、76%の確率で『袴』であると判断できました!! どうですか!? 弟様!! 合ってますか!?」
「たとえ合ってても、そうだ、なんて言えるか…!!」
図星だった。
「…袴って、弓道部とか剣道部とかが履いてる…アレですか」
「まあ、それもあるでしょうが!! 弟様の場合は巫女さんの履いている袴こそベストといった感じですかね!?」
「だ、黙れ…頼むから黙れ…」
どこまでも図星だった。
「…へえ、そうなんですか、先輩」
あえて、冷たく問いかける様に言う。
「だ、誰か…俺を殺してくれぇ!!」
聡の悲痛な叫びを聞いてくれる人間は、誰もいなかった。