祈り-1
「……マヨネーズ168円、キャベツ………89円……と。……よし、オッケーやな」
全ての売価チェックを終えて時計を見ると、ちょうど10時をまわったところだった。
連日の残業にさすがに疲れを感じ、ほうっとため息をつきながらパソコンの画面を閉じる。
店長である高村の席を見ると、椅子の背もたれに、トレードマークの真っ赤なハッピが無造作に引っかけてあるのが見えた。
恐らくまだ売場に残って作業をしているのだろう。
汗だくで一日中店内を駆け回っている高村の姿を見ていると、あの人の熱意になんとかして自分も応えたいという意欲が自然に湧いてくる。
『やっぱ……念のために……一応売場確認しとくか……』
帰るつもりで手にした鞄をもう一度椅子の上に戻し、三田村は事務所を出て、薄暗い売場に向かうスイングドアを押した。
三田村の発案で、朝一番のタイムサービスの品目を倍に増やすようになってから、POPの打ち出し間違いや、レジ売価の登録ミスが何件か起きている。
一応それぞれの部門担当者はいるのだが、パソコンに不慣れなパート社員が限られた時間に慌てて作業をするために、どうしてもこういうミスが起きてしまうのだ。
自分の立てた企画のせいで逆に店に迷惑をかけるような結果になってしまっては意味がない。
スーパーMに転職して半年。
紹介してくれた塚田の顔を立てるためにも、そろそろ何らかの実績を作りたい―――三田村はそう考えていた。
売場に出ると、メンテナンス業者がちょうど床の清掃を終えて引き上げるところだった。
「――御苦労様です」
軽く会釈をして、まずは生鮮食品のコーナーに向かう。
正面玄関から奥へと客を誘導するように、タイムサービスのコーナーを何ヵ所かに分散させたのも三田村の発案だった。
「青果は、キャベツ……と、サンふじりんご、売価は……」
ぶつぶつ呟きながらPOPと陳列量を確認していると、不意に背中をポンと叩かれた。
「POPの売価チェックやったら、うちが全部やっといたで」
振り返ると、チェッカーリーダーの麻生祐子が丸めたエプロンを片手に立っていた。
「あぁ……麻生さん。まだ残ってはったんですか?」
「まだって何やの?売価ミスで一番迷惑すんのはうちらなんやからね!クレーム聞くんも結局全部うちらやし……」
ふてくされてぷっと頬を膨らませると、元々猫のような目がますますつり上がって見える。
「確かにそうですよね。……すんません。僕のせいでえらいご迷惑おかけして……」
「べ……別に……ええけど………それが仕事やし……」
余りにも素直にぺこりと頭を下げる三田村に、祐子は急にドキマギと口をつぐんだ。
いつも強気な憎まれ口ばかり叩いているくせに、こういう時は途端にしおらしくなるところに、この人の善良さがにじみ出ていると思う。
口が悪いせいで敵も多いが、機転のきくしっかり者の祐子のお陰で、みんなが助けられていることを三田村はよくわかっていた。