祈り-7
「ふーん。……そうなん……」
なんでもない日常会話であるかのように、出来るだけさりげなく。
この穏やかな病室に、ごく小さな波風ひとつも立たないように。
三田村は、小刻みに震えている指先を慶子に悟られぬように、ジーパンのポケットにつっこんだ。
「……知りたい?……」
静かな微笑みを浮かべた慶子の表情からは、その答えは読み取れない。
いや、読み取ろうとするべきではないのだ。
「………いや……別にええわ」
どちらにしても、あの子が自分の子供なのは変わりないのだから。
―――そう自分に言い聞かせながら、実は逃げているだけなのかもしれないが。
「それよりな……名前、考えたんやけど」
重苦しくなりそうな空気を拭うように、三田村はベッドのそばの椅子に腰掛けながら、慶子の手を両手でぎゅっと握った。
「……ほんま……?なんて名前?」
「うん……マコ……」
「……マコ?」
「単純かもしれへんけど、真吾の真に、慶子の子で、真子や」
「―――真子ちゃんか。『子』のつくシンプルな名前って今は逆に珍しいし……響きもかわいいから、ええんやない?
「散々考えといてそれかいな?とか、思てへん?」
「ううん。うちも気に入った」
「ほんなら、よかった」
慶子にすんなり受け入れられたことで、三田村はホッと胸を撫で下ろした。
―――――――――――――
帰りがけに、もう一度新生児室で眠っている赤ん坊を覗く。
まだふにゃふにゃで、泣くことしか出来ないまっさらな命。
何の罪もない、無力なこの小さい生命が何か危険にさらされたなら、自分の人生をなげうってでも全力で守ってやりたい。
それだけの覚悟は出来ていた。
「やっぱ、うちの子が一番かわええな」
何度呟いたかわからない言葉を、もう一度呟く。
『真子』――――
お前は俺の子供や。
慶子には伝えなかったその名前の本当の意味。
それは―――「真の子」。
つまりこの子は本当に自分の子供であるという、祈りにもにた三田村の思いだった。
それは、普通の親子ならば、改めて確認する必要などないことだ。
そういう意味では、この名前は悲しい名前なのかもしれない。
しかしいつか、この子が成長して、血液型も含めて自分の出生にまつわるいくつかの出来事を知った時。
周りの大人を誰も信じられなくなり、自分の存在価値を見失いそうになるかもしれない。
その時に、この名前にこめた父の思いに気づくことで、この子が救われて欲しい。
それは、父親として今しか授けることが出来ない、初めてのプレゼントになるのだ。
「―――真子。産まれてきてくれて、ありがとうな」
誰にも聞こえないような小さな声でそう囁くと、三田村はくるりと背を向け病棟を後にした。
出来ることならば、自分の授けたプレゼントのリボンが、永遠にほどかれることがないようにと祈りながら――――。
END