祈り-2
「あ……ほんなら、俺もうあがらせてもらいます。あの、売価チェックありがとうございました」
なんとなく気詰まりな沈黙から逃げるように、その場を立ち去ろうとした三田村を、祐子が背後から呼び止めた。
「なぁ真ちゃん。うちも今上がるとこやねん。たまには―――どっか飲みに行かへん?」
少し媚びるような、甘えを含んだ声で言いながら、祐子が三田村の腕にパッと手を回してきた。
『……やっぱり……か……』
祐子の自分への好意を、三田村は以前からなんとなく感じていた。
最近こんな時間まで残っていることが多いのは、自分を誘うためだということもうすうすはわかっていた。
「今日はもう遅いですし……折角ならもっと大人数で行ける時にしません?」
出来るだけ角がたたないように言葉を選びながら、慎重に断りを入れる。
祐子はバツイチの28歳で、今は独り暮らしをしている。
三田村が新婚だということも、妻が妊娠していることもわかっているはずだが、そんなことはあまり気にしていないらしい。
「でも真ちゃんとこ、今奥さん出産で里帰りしてんねやろ?家帰ってもご飯ないんやし、食べて帰ったらええやん!な?」
口調はあっけらかんとしているが、祐子が意識的に三田村の腕に胸を押し付けてくるのがわかる。
「いや……あの……実は店長がさっき売れ残りの弁当くれはったんすよ。……店長のことやから、明日きっと細かく味の感想とか聞いてきはるやろし……食べんと……」
しどろもどろながらなんとかそれらしい嘘を思いついて、必死で言い訳をした。
しかし祐子は尚も引きさがらないどころか、三田村の手を握って、なまめかしく指を絡めてきた。
「……なんでそんな真面目なん?……うちな……真ちゃんやったら………」
祐子の腕が三田村の腰に回りそうになった時、突然遠くから怒鳴り声がした。
「おぅい!真ちゃーん!おるかー?」
ムードをぶち壊す高村のダミ声が今はありがたい。
「は、はい!こっちです!青果のとこです!」
助けを求めるように必死で自分の居場所を伝えた。
祐子が、慌てたように絡めた手をほどく。
「おぉ!おったおった!」
アメフトで鍛えた大きな身体を揺すりながら、高村が小走りにやってきた。
検収で搬入の手伝いをしていたらしく、胸ポケットには大量の伝票とカッターナイフが突っ込んである。
「―――なんや、祐子まだおったんか?もう早よ帰りや!こんな時間まで仕事しとったらますます男でけへんで!」
あまりにも空気を読まないがさつな発言に、三田村は思わず苦笑してしまう。
しかし塚田と古くからの親友というだけあって、高村の毒舌には愛情がある。
「店長、その発言はセクハラですよ。――ねえ?麻生さん」
三田村はフォローのつもりで言ったのだが、祐子のほうはチャンスをぶち壊されて完全にむくれている。