それぞれの行き着く場所-8
どれくらいそうしていたのだろうか。
バスルームの壁に寄りかかったまま、泣きつかれてうとうとしかかっていた時、不意に玄関のチャイムが鳴った。
『………誰………?』
時刻は夜の11時をまわっている。
一瞬、川瀬が迎えに来たのではないかという奇妙な考えが頭をよぎった。
「……まさか……ね……」
ぼんやりとしたまま動けずにいると、再びチャイムが鳴った。
仕方なく素肌にバスローブを羽織って恐る恐る玄関に近づき、ドアスコープを覗く。
小さな魚眼レンズの中に、スーツを着た男の後ろ姿が見えた。
かなり酔っているのか、廊下の壁にもたれかかるようにしてやっと立っている足元が、ひどくふらついている。
少しブラウンがかった髪の色。
身につけている細かなピンストライプのジャケットにも、見覚えがあった。
「……う…そ……」
もう一度きちんと確認しようとレンズを覗き直した瞬間、男の身体がバランスを失ってぐらり、と傾くのが見えた。
「……三田村くん――!」
あいりは夢中でドアを開けていた。
開いた扉の隙間から、三田村の身体が倒れ込んでくる。
「―――あ、危ない!」
必死で身体を支えようと手を伸ばした瞬間、三田村が思いもよらぬ素早さであいりの身体をギュッと抱きすくめてきた。
「……みっ…三田村……く……」
突然の出来事に呼吸が止まりそうになり、全く身動きがとれない。
自分が下着を一切つけていない無防備なバスローブ姿だということを思い出して、全身が羞恥に赤く染まっていくのがわかった。
首筋にぴったりとくっついた三田村の耳が、アルコールのせいかドクンドクンと熱く脈打っている。
『――私は、夢を見ているのだろうか――?』
今自分に何が起きているのか、どうしてこうなっているのかさえ、あいりには全く把握出来なかった。
「ど……したの?……送…別会は……?」
大きな声を出せば、夢から覚めるのではないかという気がして、蚊の鳴くような声で話し掛けた。
「……抜けて…来た……」
「抜けて……って……三田村くんの送別会でしょ?……大丈夫?」
「……さぁ……………知らん……」
あいりにもたれかかったまま耳元で呟く声は、もったりと呂律がまわっていない。
「ね……だいぶ……酔ってるみたいだけど……」
三田村がわざわざこんな場所に来たのは、酔ったがための気の迷いに違いない―――。
無意識のうちに、自惚れて傷つかないよう予防線をはっている自分がいる。
「……酔うてる……」
「……え……?」
「……酔う…てるよ……」
三田村が絞り出すような声で苦しそうに囁いた。
「………酔わな…………来られへん……」
力ないその呟きに、胸がきゅうっと締め付けられて、熱い思いが込み上げてきた。
『この人が、好きだ―――――』
諦めたばかりのはずなのに、まるで魔法のスイッチが入ったように、みるみる気持ちがよみがえってくる。
「―――最低のこと……してるて……自分でもわかってんねん……」
そう言いながらも、三田村はあいりを抱く腕にますます力をこめてきた。
「……軽蔑して、かまへん……」
切なげな熱い吐息が首筋にかかり、柔らかな唇がチュッと吸い付いてきた。