それぞれの行き着く場所-7
「ハハハ……違うよ。ちゃんとした自主退職だから。個人的な事情があって大阪に帰るんだ。―――ここだけの話、もう次の就職先も決まってるらしいよ」
「じ…事情って……何なんですか?……どうして急に……」
うろたえるあいりのおでこを、岡本が指先でぽんとつつく。
「ほら。そういう顔が隙だらけだって。―――言っとくけど俺だって男なんだからな」
その言葉に一瞬生々しい「男性」を感じて、あいりはハッと我にかえった。
「………アイツな……結婚するんだよ。彼女に子供が出来たんだって」
「――――こ、子………」
殴られたようなショックで頭が真っ白になる。
「まぁ……だからさ。もう藤本も―――ちゃんとした恋愛、しろ。―――な?」
岡本は少しだけ申し訳なさそうな顔でそう言い残すと、あいりの肩をぽんと叩いて立ち去って行った。
『三田村くんが、結婚―――』
「敗北」という言葉がぼんやり頭に浮かんだ。
『ううん……違う……』
敗北どころではない。
よく考えれば自分は、三田村の指先にすら触れたことがないのだから。
――――――――――――――
三田村の送別会には、どうしても出席する気が起きなかった。
自分では隠してきたつもりだったけれど、三田村への思いは、きっとたくさんの人に気づかれてしまっているのだろう。
ただでさえ悲しいのに、そんな状況で送別会に出て、皆の興味の目に晒されるのはとても耐えられそうにない。
しかし――――本当は、せめて最後に一言でいいから何か言葉を交わしたかった。
明日からもう三田村はTデパートには来ない。
そしておそらく、これからもう二度と会うことは出来ないのだ――――。
一人の部屋に戻り、いつもより熱めのシャワーを浴びる。
激しい雨のようなザアッという音が耳をふさぎ、暖かいお湯が髪を伝ってぽたぽたと滴り始めた。
肩から背中、そして足元へと伝う熱い雫――――。
それがまるで全身から溢れだした自分自身の涙のように感じられて、急に胸が苦しくなった。
三田村の人生に全く必要とされなかった自分が寂しくて、
悔しくて、
悲しくて―――
哀れでたまらなかった。
「………っ……うぅっ………」
堪えきれずに、あいりは嗚咽しはじめた。
何故か川瀬の顔が頭に浮かんだ。
射るような鋭い視線。
あいりの精神を崩壊させるまで決して終わらない執拗な愛撫。
あの拷問のような激しいセックスを、切実に欲している自分を、あいりはハッキリと自覚していた。
今ならばあの川瀬の攻めを全て受け入れ、身も心もその快感の中にどっぷりと没入してしまえると思う。
しかし、その川瀬は、もうこの世にはいない―――。
『私は全て失ったのだ―――』
熱いシャワーをどれだけ浴びても、心も身体もどんどん冷たく冷えていくような気がした。
「……うぅっ……あぁあっ……あああぁっ……」
猛烈な孤独感に全身を震わせながら、あいりは泣きじゃくった。