続・聖夜(後編)-6
数日間の短いイタリアでの滞在を経て、私が日本に帰る日のことだった。
あの神父が眠る墓碑に最後の別れを告げるために、ふたたび墓地を訪れたときだった。修道院の
裏口から、不意にあらわれた黒い衣服に身をつつんだ老修道士に、私は背後から声をかけられた。
「…さんですね…この修道院を、日本から来た女性が尋ねてきていることを聞き、やってまいり
ました…」
ミラノからやってきたという流暢な日本語を話すその老修道士は、あの神父の古い友人であると
言う。そして、彼から私に手渡されたものは、褪せた革鞭と一枚の手紙だった。
「彼にどんなことがあったのかは、詳しくは知りません…彼は、日本にいた頃のことを一度も私
に話をしたことはありませんでした…そして、あなたが彼とどういう関係なのかも私は知りませ
ん…
…彼は、死の直前にこの手紙を書きました…自分が死んだあとに、ひとりの女性が自分の墓を
きっと訪れるはずだと…そのときに、必ず渡してくれと頼まれた彼の手紙です…そして、その
女性の写真を私は彼から受け取りました…」
その写真は、あの日、私が教会の地下室で神父に鞭を受けたあと、教会のクリスマスツリーを見
上げた私の姿を、神父が撮った写真だった。
「それにしても、素敵な方だ…この写真の中の女性よりも、あなたは、はるかに魅力的だ…」
優しげな笑みを浮かべた老修道士は、一瞬だけ、陽気なイタリア男の顔に戻り、くすぐられるよ
うな美辞を並べ、青い眼で私をじっと見つめながら言った。
「その手紙の中にどんなことが書かれてあるのかは知りませんが、彼がここに来て、ずっと罪の
意識に苦しめられていたのは確かです…
彼がどんな罪に苛まれ、自分を苦しめていたのか…その鞭がすべてを知っているようなきがしま
す…彼は、毎夜のようにその鞭で自らのからだを打ち続けていた…私はその姿を今でも憶えてい
ます…その罪がどんなものか、彼は私に告白してくれることはありませんでした…」
そう言いながら、老修道士は、十字架の刻まれた墓碑へと深いため息をついた。
あの神父が私あての手紙を残して死んだことに、私は戸惑いを隠せなかった。そして、擦り切れ
るほど褪せた鞭は、おそらくあのとき私の背中に振り下ろした鞭に違いなかった。
最期を迎えようとしていた彼が書いた遺書のような手紙の文字を追いながら、私は瞼の中が微か
に潤み始めていた…。