あばかれる闇-1
「この人と結婚したい」
慶子と付き合い始めた時から、ずっとそう思っていた。
「彼女を幸せに出来るのは自分しかいない」とか、「運命の人だから」とか―――そういう強い信念のようなものがあったわけではない。
ただ一緒にいて癒されるとか、安心出来るとか……どちらかといえば自分が彼女に甘えていた部分のほうが大きかったように思う。
例えば――――。
死に物狂いで働いて、くたくたに疲れ果てて帰った夜―――愛情のこもった夕食と優しい笑顔で自分を迎えてくれる温かい場所。
その風景の中に、慶子はとても相応しいような気がしていたのだ。
―――――――――――
その留守電を聞いたのは、会社からのおそい帰り道だった。
『あの………真ちゃん――元気にしてる?』
「……慶子……」
長かった残業でいつもより疲れているせいもあって、数週間ぶりに聞くその声に、思わずホッと頬が緩んだ。
あの夜のことを「自分から電話して謝るべきだ」と思いながらも、なかなか行動に移さなかったのは、こうして慶子のほうからかけてきてくれるのを心のどこかで期待していたからだと思う。
『最近……慶子に甘えすぎかもしれんな……』
春に遠距離恋愛になってからというもの、お互いに行き来するだけで精一杯で、彼氏らしいこともあまり出来ていない。
今度大阪に帰った時には、彼女が前から行きたがっていたイタリアンレストランにでも連れていってあげようか―――呑気にそんなことを考えた。
しかし、次に続いた慶子の言葉は、三田村が思いもよらないものだった。
『あんな……真ちゃん……うちな……恋愛とか………結婚とか、そういうの一回…………リセットしよう思てんねん』
―――「リ……セット」?
『あの……真ちゃんのせいとかやないんよ……もう一回……自分の人生について考えたいっていうか……振り出しに戻したいっていうか……そんな感じやねん』
台詞を棒読みするような淡々としたテンションのせいで、それが別れ話だと理解するのに数秒かかった。
『急に勝手なこと言うて、ほんまにごめん――――真ちゃんは、いい人探してちゃんと幸せになってな』
そこまで聞いて、ぼんやりしていた意識が、じわっと覚醒した。
『もう…うちからは連絡しぃひんし……今までありがとう……』
そして、しばしの長い沈黙の後、ぷつりと留守電は途切れた。
突然の一方的な通告に、しばらくそこに立ち尽くしたまま呆気にとられていたが、意外にも激しい感情は湧いてこなかった。
むしろこの結果は当然かもしれないという気持ちのほうが強い。
「―――つまり……フラれたって……ことやな……」
最近の自分は精神的にかなり不安定だったし、慶子ともまともな恋愛が出来ている状態ではなかった。
一緒にいればいるほどどんどん彼女を傷つけてしまうことに、自分でも心苦しさを感じ始めていたのだ。