あばかれる闇-6
「―――川瀬主任でしたら、この時間はバックルームで藤本さんとミーティング中だと思いますが……お呼びしましょうか?」
「藤本……と?――――いえ……結構です」
内線電話の受話器をとろうとする女性販売員を制して、三田村はすぐにバックルームへと踵を返した。
あいりの名前を聞いただけでますます頭に血が上る。
『――なんで……なんで今まで気ぃつかへんかったんや――』
以前から不自然に感じていたレディスフロアの異様に入り組んだバックルーム。
それが「別の目的」のために意図的に作られた場所だというのなら納得がいく。
「――あいりちゃん――」
三田村は、無意識のうちに駆け足になっていた。
守りたいのが、慶子なのかあいりなのか――自分でも頭が混乱している。
川瀬とあいりの関係を知ることが、果たして二人を救うことになるのかどうかさえよくわからない。
しかし、今はとてもじっとしていられるような心境ではなかった。
とにかく無我夢中で、薄暗い迷路のような長い通路を奥へ奥へと進んでいく。
「――わざわざこんな場所でミーティングて……絶対おかしいやろ……」
疑惑が確信に変わり始めたその時――暗がりの中から、微かに女の啜り泣きのような声が聞こえてきた。
「………あっ……あん……いやぁっ……」
弱々しい抵抗の奥に、甘い痺れを含んだ切ない喘ぎ。
ある程度予想はしていたとはいえ、実際耳にする生々しい響きに全身に鳥肌が立ち、一気に足がすくんだ。
「……うぅっ…ハァッ…あぁっ……ハァハァ……」
近付くにつれ喘ぎ声は更に大きくなり、合間に男の荒々しい吐息が混じり始めた。
何かを隠そうとするように、一段と高く積み上げられた段ボール箱のすぐ向こうから聞こえる激しい息遣い。
耳の中で心臓がバクバクと妙な音を立てていた。
「………ここ……か…?」
汗ばむ手で段ボールの間に数センチの隙間を作り、声のするほうを恐る恐る覗き込む。
しかし―――そこにあいりの姿はなかった。
大量のファイルや書物が乱雑に並べられたスチール製の本棚。
その前に置かれた、川瀬のものと思われる散らかったデスクの上に、一台のノートパソコンが無造作に広げられている。
喘ぎ声は、そのスピーカーから漏れ聞こえているのだった。
薄暗い空間の中に、ぼんやりと白く浮かび上がる小さな画面。
そこにはAVと思しき卑猥な映像が映し出されていた。
「……なんや……パソコンか」
想像とは違ったが、真っ昼間の社内ということを考えれば、これもじゅうぶん異常な状況だ。
じわじわと明らかになっていく、川瀬という男の不気味さにゾクリと背筋が寒くなった。
とにかく、まずは紛らわしい映像を止めようとパソコンに近づく。
改めてその画面を見ると、そこにはサラリーマン風の三人の男が、目かくしをした一人の女性に襲い掛かる場面が映し出されていた。