肉体の取引 前編-5
どれくらい眠っていたのだろうか。
素肌をぴりぴりと刺すような異様な寒さで慶子は目覚めた。
「……ん……んんっ」
ぼやけた視界に映る和室の天井。
自分がどこで何をしていたのか、一瞬頭が混乱する。
そうだ………。
確か……話し合いの途中で、急に意識が途切れて………。
ハッと我にかえって身体を起こそうとしたが、まるで麻酔をかけられてしまったように手足がぴくりとも動かない。
「……だ…誰か……」
怖くなって大声で人を呼ぼうとした時、目の前にぬっと川瀬の顔が現れた。
「……気がつきましたか?」
「―――あ…あの…私……」
言いたいことは山のようにあるはずなのに、霞がかかったように頭がぼんやりしていて、思考がうまく働かない。
「―――仕事の時間ですよ」
川瀬が片方の口角をニッとつり上げた。
「……し…仕事……?」
「ええ―――簡単なことです。あなたは、あの方の食事が終わるまで、動かずにじっとしていてくれればいい」
「……あの方…って……?」
川瀬が促すほうに恐る恐る目をやると、床の間の前に恰幅のいい五十がらみの男がこちらを向いて座っているのが見えた。
スーツ姿でゆったりと胡座(あぐら)をかき、脇息(きょうそく)にもたれながら煙草を吸っている。
貫禄のある風貌から、それなりの社会的地位のある人物であることが想像できたが、ジロジロと慶子を眺め回すいやらしげな視線には、どことなく品の無さが感じられた。
「……誰?なんですか……?」
あの人物の食事と自分と、一体どういう関係があるのだろう?
あまりにも突飛すぎる展開に頭がついていかない。
しかし次の瞬間―――慶子の身体の上にかけられていた白いシーツのような布が川瀬によってパッと取り去られた時―――慶子は自分の身に起きているおぞましい事態に初めて気がついたのだった。
「……こっ…これは……」
全裸の素肌に乗せられた色とりどりの食材。
性知識がさほど豊富ではない慶子にも、それがいわゆる「女体盛」というものであることはすぐにわかった。
乳房から下腹部にかけて、びっしりと並べられた刺身や果物は、単に食欲だけを満たすためのものではない。
その食材が盛り付けられた「皿」が、羞恥と屈辱に悶える姿を眺め楽しむことこそが、恐らくこの料理の一番の目的なのだろう。
恥ずかしい部分を強調するように、異様に立体的に飾り立てられた身体がひどく淫らに見える。
あまりにも屈辱的すぎる自分自身の姿に、慶子はそのまま卒倒してしまいそうになった。
「……な…なんで……?」
激しいショックと怒りで、何に対してどう感情をぶつけたらいいのか頭が混乱している。
自分がどんな風に衣服を脱がされ、どんな手順でこんな姿になったのか……そして今からどんなことををされるのか―――想像するだけで泣き叫びたくなった。