慶子-2
もはやゲームなどというまどろっこしい手順は踏まずに、いきなり睡眠薬を飲ませて強姦に及ぶ可能性も大いにありうる。
三田村は、これ以上あいりが誰かに好き放題おもちゃにされることが、どうしても我慢ならなかった。
すぐにもあいりを助け出したかったが、あまり時間をかけてはいられない。
今こうしている瞬間にも、慶子の身に危険が迫っているかもしれないのだ。
坂田と上野が納得するとはとても思えないが、あいりを無理矢理連れ出すか――。
しかし下手をすれば、後々あいりがとんでもない報復を受けることも考えられる。
どうすべきか決めあぐねて、三田村がオロオロと思い悩んでいた時、エレベーターの扉が開き、川瀬昭彦が現れたのだった。
「―――川瀬主任?……なんでここに……?」
川瀬もこのマンションに住んでいるのだろうか?
それとも……まさか坂田会に参加するために――――?
想定外の展開に面食らっている三田村に、川瀬はつかつかと大股で歩み寄ると、胸倉をつかんで鋭く問いただした。
「―――藤本は?お前あいつに何かしたのか?」
敵意を剥き出しにした威圧的なオーラ。
そのあまりの迫力に三田村は思わずたじろいだ。
「いえ……みんなで一緒に飲んでただけで……僕は何も……」
たどたどしい口調で一生懸命否定すると、川瀬はホッと安堵の表情を浮かべて、ネクタイをつかんでいた手を離した。
「そうか……いや……お前ら二人が坂田会に呼ばれたと聞いたもんでな……」
どうやら川瀬は、坂田会に参加するために来たのではなく、あいりを心配して様子を見に来たということらしい。
坂田会の悪しき評判は、男性社員ならば大概知っている。
直属の部下がその魔の手にかかったと聞けば、心配して駆け付けるのも当然という気がした。
「―――で?藤本は?あいつらのことだから調子にのって結構無茶なことさせてるんじゃないか?」
「そ……そうなんです……実は今ちょっと大変なことになってて」
あいりを本気で心配しているらしい川瀬の態度が、おろおろしていた三田村の心を一気に落ち着かせた。
もしかしたら川瀬は、上司としてではなく、あいりに何か特別な感情を抱いているのかもしれない――――そんな気がした。
「あの……藤本のこと……助けたってもらえませんか……」
自分でなんとかしてやりたいという心残りはあったが、この場は手を引いて川瀬に全て任せたほうがうまくいくような気がした。
坂田や上野も、新入社員の三田村に口を出されるのは気に食わないだろうが、先輩である川瀬の言うことには逆らえないだろう――。
これまでの事情を手短に話すと、川瀬はすぐ状況を理解してくれたようだった。
「――わかった。お前は一刻も早く彼女のところへ行ってやれ。こっちは俺が上手くやっとくから」
「……すんません……ほんならあいつのこと、ほんまにお願いします」
「任せとけ―――藤本は俺の大事な……部下だからな」
川瀬の頼もしい言葉に背中を押されるようにして、三田村は坂田のマンションを後にしたのだった。
きっと今頃……
川瀬が助けてくれている。
あいりは大丈夫なはずだ……。
………おそらく。
胸に何か小さなしこりのような不安感が残っていたが、その時の三田村にはそれを深く考える余裕はなかった。