非線型蒲公英 =Fortsetzung zwei=-4
「…な、何が…」
妃依は、目の前で起こった出来事が信じられずにいた。当たり前である。
「フゥ!! やれやれだわ!!」
凄く、この場にいてはいけないモノの声が聞こえた。
右手側、屋上入り口の建物脇に、保護色のシートを被った『何か』がいた。声は確かにそこから聞こえた。
「…ヘクセン、さん、何を、やってるんですか、そこで」
ガサリ、と、シートを揺らして『何か』は震えだした。
「マ、マスター!! 私はヘクセンではありませんよ!? 地面に話しかけるなんて、やだなあ!! 変な人に見られちゃいますよ!?」
「…そう、ですか」
一歩一歩、『何か』近づく。
「ちちち、違います!! これは私の意志ではありません!! 琴葉様です!! 琴葉様に変なプログラムを組み込まれたんですっ!!」
「…琴葉先輩に、ですか」
妃依は足を止めた。その名前には、足を止めさせるだけの圧力があった。
「そう、そうです!! 琴葉様は私に【動くな。そして、聡が『好き』と言ったら撃て】という命令が書かれた、妙なプログラムを組み込んでここに放置していったんです!! 放置ですよ!? また、物扱いされてる、私!! あああああ!!」
「…あ…」
つまり、図らずもその引き金を引かせたのは、妃依だった事になる。
「だから!! 私は被害者!! むしろ、哀れむべきは私!! 弟様は残念な事になりましたが…!! きっと満天の星空を見上げれば、弟様が手を振っているのが見えますよ!! ♪ルルルルルゥールルルールルルー!!」
「…そうだ、先輩…」
妃依は、目の前でガサガサいってる『何か』を放って、屋上から駆け出した。聡がどうなったのか、それを確認しなければいけないと思ったからだ。
「…たしか、水の音が聞こえた…」
妃依は、プールに向かって全速力で走った。校舎の中を走っている姿は、奇異な目で見られたが、気にしている余裕は無かった。
「♪ルルルルルゥー、弟さまぁー弟さまぁー、フォーエバー弟さーまー!!」
「ふう、組み手は終わったようだな…いや、凄かった」
「ホント、ホントー!! 久しぶりに本物を見たっ!! て感じだねー!!」
やり遂げた…というオーラを発している二人。
「♪忘れーないー、忘れーないー、弟ーさーまー!!」
「ん、何だ? この、妙な歌は…」
「ホントだー、何だろ」
「♪いつでもどこでもー弟様をー、思いー出せばー!!」
「カナ…私は、この声を聞いたことがあるような気がする…」
「えー? 私は無いなー」
「♪不思議とー涙がー、こーぼーれーてーしまうー!!」
「この声…遊佐間のメイドさんだ…何故、ここに」
美咲は、気が付いてしまった。
「メイドさん? さとっちの?」
香奈は事情を知らないので、首を傾げるだけだ。
とにかく、美咲は歌の聞こえてくる場所を探した。で、自分達の足元、入り口脇の物陰に、妙な物体があるのを発見した。
「その…メイドさん? 何をしているのです? そんな所で」
保護色シートの塊が、ごそごそと蠢いた。
「おや!? その声は、いつぞやお会いした、弟様の知り合いのお嬢さんですか!?」
「ええ…そうですが…何で、そんな物を被っているのです?」
「ああ、聞かないで!! どうせ私は物!! 吹きさらしにされて錆び付いていくんだわ!! これが運命なのよぉー!!」
「そ、そうですか…」
「み、美咲ちゃん、アレ…と言うかあの人? と、知り合い?」
横から顔を出した香奈が聞く。
「いや…知り合い…と言う程知っている訳ではない…」
と言うか知りたくない。美咲はそう思った。
「そ、そうなんだー…で、あのー、メイド…さん? 何者なんですかー? あなたは」
どう見てもシートの塊だが、美咲が言うには『メイドさん』らしいので、一応そう言った。
「メイドじゃありません!! 『ヘクセン』です!!」
「へ、ヘクセン…さん?」
うわぁ…凄い…あらゆる意味で次元が違う…と、香奈は戦慄した。
「カナ…」(あのヒトとは、係わり合いにならない方がいい)
「え?」(確かにアブナイ感じだしねー…)
と、その時。
「センパーイ…昼ご飯買って来ましたよ…」
パシリに行かせた司がトボトボと帰ってきた。昼ご飯、とは言っても全部購買のパンだが。
「あれ、先輩達いない…?」
入り口から出てきた司からだと、上に居る美咲と香奈は死角に入っていて見えていなかった。
「おかしいな…どこ行ったんだろ…ん? 何だコレ」
入り口の周りをぐるりと回ってみると、妙な灰色のシートを被った何かを発見した。