坂田会-1
「王様だぁーれだっ!」
生鮮フロア主任の坂田が、やけにおどけた調子で声を張り上げる。
祈るような気持ちで引いた割り箸の先端には「A」と書かれていた。
気付かないうちに相当酔いがまわってしまったらしく、視界が一瞬斜めにダブって、一本のはずの割り箸が、二本に見えた。
『あかん……酔うてる場合やないわ――』
三田村は、水割り用に置いてあったミネラルウォーターのペットボトルをひっつかんで、思いきりがぶ飲みした。
「やったあ!俺、王様ぁ〜!」
日配フロア主任の上野が満面の笑みで立ち上がる。
5人ともかなりの量を飲んでいるはずなのに、坂田と上野の30代コンビは相当酒が強いのか、まだまだ元気がある。
あいりを含む女性二人と三田村は、もうすでに限界に近い状態だ。
王様ゲームが始まってからの30分というものは、テキーラやウォッカなどのきつい酒を互いに飲ませあう命令が延々と続いている。
坂田の自宅マンションで飲んでいるという気楽さもあるのだろうか――通常の飲み会では考えられないような無茶苦茶なアルコールの量に、三田村はただただ圧倒されていた。
「じゃあ3番がぁ、テキーラの一気飲み!3番だ〜れ?」
上野が高々と持ち上げたテキーラのボトルは、もうほとんど空になっていた。
「ふぁ〜い。私ぃ〜」
3番の箸をあげたのは高野直美。化粧品フロアの社員で、三田村たちの2年先輩になる。飲み会ではいつも盛り上げ役のムードメーカーだ。
とりあえず、飲まされるのがあいりではなかったことに三田村はホッと胸を撫で下ろす。
王様ゲームの前からすでにハイペースでぐいぐい飲んでいた直美は、肘で身体を支えなければ座ることすらできないほど酔いがまわっていた。
「よ〜し!直美!あいりちゃんと三田村に先輩らしいとこ見せてやれよ!」
坂田が芝居がかった大袈裟なジェスチャーでショットグラスを直美の前に置く。
「……駄目ェ……吐き…そ…」
グラスに注がれたテキーラの匂いを嗅いだ途端、直美が口に手をあてた。
「こらぁ!ここで吐くなっ!トイレ行けトイレ!」
坂田が枝豆の皮を直美に投げ付ける。
「三田村!お前直美トイレ連れてけ」
「……え?……は、はい」
突然指名されて慌てて立ち上がった三田村自身も、相当足にきている。
歩き出した途端、床が大きく傾いて壁に肩が激突した。