第1章-1
寺には、あまり大きくはない庭が広がっていた。
閉じられた門の中には静かな静寂が広がり
シンとした乾いた冷たい空気がそのあたりに淀んでいる。
その寺は余り知られていない。
寺は地方の或る場所の、目立たない所にひっそりと佇んでいた。
その地域の人でさえ、その寺がどういう宗派で
どういう御利益がある寺なのか、知る人もあまりいないようだ。
更にはその寺の檀家は、どういう人達がいるのかなども分からない。
それでどうやって経営しているのか、等と不思議に思うのだが
その理屈はこの寺には通用しないようだ。
はっきり言えば、それで寺と言えるのか
等と疑問を抱き、どうにかなっていると言う奇妙な存在だが
格好だけは堂々とした寺の形はしていた。
そこを訪れる人は、人の口コミで密かにやってくるようである。
故に、それ以外の人でここを訪れる人はあまりいない。
地図には、寺の印と寺の名前は載ってはいるが
その寺がどういう寺なのか、殆ど書いていなかった。
しかし、秘めたる噂はその道では知られており
常に悩める人達で予約が入っている。
そのお布施料金も半端ではなかった。
この寺を訪れる人は、或る思いを持っている人が殆どだった。
その(想い)が今に分かってくる。
そこでの空間は世俗と隔離されていて、独特の世界観に包まれていた。
庭には敷き詰めた小砂利が整然と並び、掃き清められている。
その周りをひっそりと囲むように薄茶色の苔が生え湿っていた。
季節も秋近くになれば
大木から落ちてくる紅葉が見事に庭を茜色に染める。
その庭の中に細い川が作られていて、ゆったりとした流れを魅せながら
舞い落ちた紅葉がその水の流れに乗り
その庭を静かに流れている。
少し前までは本堂の方から木魚の音に乗りながら
題目の声が厳かに聞こえていたが
それも終わったようであり、ひっそりとしている。
これこそ禅寺に相応しい雰囲気を醸し出していた。
しかし
その日の寺の駐車場には
寺に不釣り合いな赤い一台の高級車が止めてあった。