罠-2
メンズフロアはダークな色彩の服が多いこともあり、華やかな婦人服フロアとはちがった重厚な雰囲気がある。
このフロアのどこかにいるかもしれない三田村の気配を探ろうと、あいりは耳に神経を集中させていた。
後ろめたいことがあるわけでもないのに、何故か足音を立てないように歩いている自分が滑稽に思える。
その時――――。
「……あぁ…んんっ……」
突然聞こえたなまめかしいため息に、あいりはハッとして足を止めた。
「……ん……あ…ああっ…」
その声は薄暗いスーツコーナーの奥から聞こえてくる。
『………何?』
あいりは思わず什器の影に身を隠した。
「……あっ……ああっ……」
荒々しい息遣いと切なげな女の喘ぎ声。
そして微かな衣ずれの音。
「……お願い……口で…して……」
『……この声……』
昼間の印象とはずいぶん違う甘えたような口調だが……この声はおそらく――――。
『……石原バイヤー……?』
あいりは持っていた書類を思わず取り落としそうになった。
すぐにその場を立ち去ろうと思うのだが、足がすくんで一歩も動くことが出来ない。
「……あああんっ……」
喘ぎ声はあいりの隠れている什器から数メートル離れた場所にある接客用のソファーから聞こえてくる。
『……一体…誰と?』
震えながらわずかな什器の隙間を覗くと、革張りの黒いソファーの上で絡み合う男女の姿が見えた。
ソファーの上に仰向けに横たわっているのは、やはり石原理可であった。
モデルのようなスレンダーな肉体を惜し気もなくさらけ出し、悩ましげに腰をくねらせている。
その姿はほぼ全裸に近い状態で、短いタイトスカートだけがヒップの辺りにぴっちりとまとわり付いていた。
そしてその上には若い男が覆いかぶさり、いかにも弾力がありそうな理可の豊満な乳房に顔を埋めている。
『……あ…あれは……』
その背中を見た瞬間、あいりの胸に、針を刺したような鋭い痛みが走った。
心臓がとんでもない早さで打っている。