嫉妬と誘惑-3
「――いや。知ってますよ」
「………え……」
あっさり事もなげに言われ、理可は軽い驚きを感じた。
理可の周りにいるどんな男も、未だに自分の仕事ぶりだけを純粋に評価してくれることはほとんどない。
「所詮身体で勝ちあがった下劣な女」と見下す男が大半であるのは事実だし、最初から理可の身体にしか興味がない男も多い。
しかもそれは理可自身に興味があるのではなく、異常な性癖を持つことで有名な高橋に開発された理可の肉体を、自分も試してみたいという下賎な性的好奇心からでしかなかった。
目の前で赤くなってうつむいているこの頼りなげな青年が、全てを知った上で自分にこんな接し方をしているという事実に理可は驚きを感じていた。
「……意外ね。軽蔑しないの?」
理可の問いに三田村は少し沈黙し―――それからドキリとするほど優しい微笑みを浮かべてこう言った。
「そんな噂は僕には関係ありません………僕は………バイヤーを率直に尊敬してますから」
―――その瞬間、理可の心臓がきゅっと切ない音をたてた。
決してご機嫌とりやおべんちゃらではない誠実な三田村の言葉が、理可の心の一番弱い場所を直接わしづかみにする。
なんともいえない涼やかな風が、理可の身体を吹き抜けていくような気がした。
「……でも……もし噂が本当だとしたら?」
そう聞きながら理可は、自分の中に「この男に嫌われたくない」という意識が芽生えているのをはっきりと感じていた。
一瞬の沈黙のあと、何かつらいことを思い出したのか三田村はちょっと苦しそうに顔を歪めた。
「……自分では間違っているとわかっていても……どうすることも出来ない時が……誰にでもありますから……。特に……美しい女性には……」
心の奥底の闇を覗かれてしまったような気がして、理可は思わずスーツの裾をぎゅっと握りしめた。
少しでも気を緩めたら涙がこぼれおちてしまいそうな気がした。
川瀬の差し金で人事部長に無理矢理犯され、泣きながらタクシーで帰ったあの夜の苦しい思いが、ありありと胸に蘇ってくる。
愛する男に命じられて、その目の前で他の男に抱かれるつらさ……。
愛ゆえにそれを拒めなかった自分……。
強くならなければ誰にも認めてはもらえない―――。
いつもそう思って生きてきた。
――だけど本当は、いつでも泣く準備は出来ているのだ。
理可は三田村の胸にすがりつきたいような衝動に駆られていた。
この青年と話しているだけで、心の中の淀んだ汚水が浄化されていくような気がする。
だが、三田村の視線は理可ではなく、遥か遠くを見つめていた。
「美しい女性」とこの男は言ったけれど、それは恐らく自分のことではない―――。
今、三田村の心を支配しているのは――藤本あいり――なのだろうか?
そう思った瞬間、理可の中で何かが壊れる音がした。
くすぶりかけていた嫉妬の炎があっという間に燃え広がり、一瞬にして理可の理性を飲み込んでいく。