玩具にされた女-1
あれが―――
「川瀬が嫉妬するほどの男」?
理可の視線の先では、三田村真吾が男性客にオーダーメイドスーツの接客をしている。
その優しげな風貌からは、川瀬のような邪悪な気配は微塵も感じられない。
バックルームで受けた強烈な愛撫の余韻がまだ全身にけだるく残っている今の理可には、目の前の爽やかな青年がひどくガキっぽく見えた。
確かに綺麗な顔立ちをしているけれど、ギラつくような男の色気はまったく感じられない。
意志の強そうなくっきりとした眉。
それとは対照的に目尻の少し下がった優しげな目が、まるで従順な子犬のような人懐っこい印象を与える。
二枚目ではあるが嫌味がなく、「女性にモテるタイプ」というよりは、同性から好かれそうなタイプのように思えた。
藤本あいりを見た時の印象にも似た不思議な清潔感が三田村にも漂っている。
そしてその「清潔感」こそが、なによりも激しく理可を苛立たせていた。
……藤本あいりが憎い……
湧き上がる強い衝動が理可を暴走へと駆り立てていた。
藤本あいりに最もダメージを与えることができる鍵が今、自分の目の前にぶら下がっている。
何も知らずに無防備な笑顔をうかべて――――。
接客を終えた三田村がオーダー伝票を手に理可の元へとやってきた。
「石原バイヤーの企画のオーダースーツ、好調ですよ。今月これで8着目です」
理可に耳打ちしながらニコッと笑うと、やや女性的ともいえる形のいい唇から八重歯がのぞいて、なんともいえない愛嬌のある表情になった。
「……へぇ……頑張ってくれてるのね」
「バイヤーの選ばはった素材とパターンのセンスがええから接客しやすいんですよ。偉そうなこと言うようですけど、この企画、ほんまにええと思います!」
「……そ…そう…ありがとう……」
三田村の裏表のない明るい笑顔につられて、理可も思わず微笑んでしまいそうになる。
『……このコ…なんて表情で笑うのかしら……』
見た者の心を温かく癒してしまう不思議な笑顔。
これはこの青年の一つの特技といっていいかもしれない。
理可は三田村の笑顔に引き込まれそうになった自分に戸惑いながら、受け取ったオーダー伝票に慌てて目を落とした。
今メンズ課が打ち出している新素材を用いたオーダーメイドスーツは、理可が発案したかなり自信のある企画だった。
だが実際売り上げが伸びているにもかかわらず、店舗からはこの企画に遠回しに難癖をつける声が多い。
「石原理可の企画」ということだけで気にいらない連中が少なくないのだ。
衣料フロアに配属されている社員で、三田村のように理可に対してなんのこだわりもなく接してくる男性はほとんどいない。
女性社員の中で飛び抜けて早く出世しすぎた理可には、社内に敵が多い。
特に「カラダと引き換えに今の地位を勝ち取った」という噂が広まってからは、誰もが反発と侮蔑が入り交じった目で理可を見るようになっていた。
実際その噂はあながち嘘でもなかったため、理可自身も開き直って気にしないようにしている。
三年前―――理可は当時の人事部長と肉体関係を持ち、その見返りとしてバイヤーというポストを手に入れたのだ。
保守的なTデパートでは当時まだ若い女性バイヤーの登用の前例がなく、異例の人事異動は社内にあらゆる波紋を呼んだ。
しかし理可自身の努力もあって、この抜擢劇は結果的に様々な効果を呼び、その後のバイヤー層若がえりの大きなきっかけとなったのだ。
バイヤーという仕事は想像以上にやり甲斐があったし、今や誰にも文句を言わせないだけの成果を上げているという自負もある。
だがいくら努力して実績を残しても「たいした実力もないくせに」という偏見は、なかなかなくならなかった。