三田村真吾の憂鬱-6
三田村と慶子は学生時代から交際を始め、お互いの親も公認で結婚を前提として同棲していた。
三田村は大阪に本社があるデパートへ、慶子は同じ大阪にある出版社にそれぞれ就職が決まり、二人は就職と同時に結婚するはずだった。
ところが、入社早々三田村が数百キロも離れた地方の支店に着任となってしまったため、彼が大阪に戻るまでの間、結婚は延期することになったのだ。
双方の友人から「気が変わらないうちに結婚したほうがいい」とアドバイスされることもあったが、実際のところ三田村は、結婚するなら慶子以外の女性は考えられないと思っている。
決して派手ではないが、誰もが美しいと認める容貌。控え目でありながら芯の強い性格。
それでいて家庭的で朗らかな雰囲気が三田村をホッと安心させてくれる。
そして何よりも三田村を心から信頼し、ひたむきに愛してくれる。
こんなに早く理想の結婚相手に出会うことが出来て、本当に幸運だったと自分では思っていた――。
だが……今三田村の中にかつて感じたことのないような不穏な風が吹いている。
藤本あいりの存在が三田村の胸を揺さぶっていた。
これは「恋愛感情」なんかではないと自分では思っている。
少なくとも昨日までは、あいりをそんな対象と意識して見たことは一度もなかった。
辰巳に「あの写真」を見せられるまでは――――。
なぁ真ちゃん……仕事でなんかあったん……?」
不意に慶子に話しかけられ、三田村はハッと我にかえった。
「……ん?……なんでや?」
「うん……なんか……思い詰めた顔してるし……」
三田村は慶子に顔色を見られないようにさりげなく立ち上がって、小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
殺風景なワンルームマンション。男の独り暮らしの冷蔵庫には水とビールぐらいしか入っていない。
「……んなことないで。心配せんでええよ。……まだ仕事慣れてへんし、ちょっと疲れてるだけや」
「ならええんやけど……。今日は元気出るように私が真ちゃんの好きなハンバーグ作ってあげるしね!」
「おぉ。むっちゃ楽しみやなぁ」
慶子の愛らしいガッツポーズを見て、三田村の心は自然と和んだ。
しかし、慶子がスーパーに買い物に出掛けると、三田村の頭にまた昨夜のことが蘇ってきた。