屈辱の苦情処理-3
すごく優しい言葉をかけてくれるわりに、いかにも素っ気ない立ち去り方が照れ屋の三田村らしい。
三田村は、おそらくみんなからは何でもそつなくこなす器用な男に見られているのだろうが、時折見せるこういう不器用でシャイな一面があいりはとても好きだった。
「あ……三田村くん!……ありがと」
あいりが慌てて礼を言うと、三田村はいつもの人なつっこい笑顔を浮かべて、軽く右手をあげながら休憩室を出ていった。
「……三田村くん……」
決して口がうまいわけではないけれど、三田村の男らしい優しさに触れてあいりの顔は自然にほころんでいた。
少しウキウキしたような気分で売り場に戻ると、派遣社員の山本が困惑した顔で駆け寄って来た。
その様子を見て、あいりも慌てて頭を仕事モードに切り替える。
「何かあったんですか?」
「実は……たった今お客様から『マルク』のお電話がありまして……」
『マルク』とは『〇苦』つまりクレームのことである。
浮足立った気分が一度に引き締まる。
山本の話によると、その客は「今日買ったワンピースが破れていたから返品したい」と言ってきているらしい。
しかも今すぐ取りに来いと怒っているという。
「それで……代金を……その……藤本さんに持って来させるように……と」
「えっ?……お客様が…そうおっしゃったんですか……?」
今日はワンピースの接客をした覚えはないし、入社間もない自分の名前をわざわざ客が指定してくるのは、いかにも不自然のような気がした。
しかし川瀬が休みである以上、いずれにしろクレーム処理は主任代行者であるあいりが行かなければならない。
先ほどの男のことを思い出してなんとなく嫌な予感がしたが、仕事を投げ出すわけにはいかず、あいりは仕方なく処理に向かうことにした。
指定された場所はホテルの一室だった。
部屋の前まで行ってから、あいりはコートを脱いでTデパートの制服姿になった。
基本的にデパートの制服を来て外出することは禁じられている。
今回のようにやむを得ず制服で出掛ける時にも、極力制服姿を外で晒す時間を短くするのが鉄則だ。
「605号室……ここか……」
戸惑いながら部屋をノックすると、ドアの隙間からスーツ姿の神経質そうな男が顔を覗かせた。
表情はそれほど怒っているようには見えない。
年齢は40歳前後だろうか。
あいりの顔を確かめるようにジロジロ見ている。
『……昼間の男とは違う……』
あいりはほっと胸をなで下ろした。
「この度は大変ご迷惑をおかけいたしました。商品のご確認をさせていただきますので……」
「とりあえず入って」
男はあいりの言葉を最後まで聞こうともせず、扉を開けてあいりを中へ招き入れようとした。
ホテルだから当然なのだが、奥にはベッドがしつらえてあり、あいりは部屋に入るのを一瞬躊躇してしまう。
「何やってんの……早く入れって」
男に強い口調で促され、あいりは恐る恐る室内へと足を踏み入れた。
背後でオートロックの錠がカチャリと閉まる音がした。
ぞっとするほどの静けさに気持ちが負けそうになる。
床に敷き詰められているじゅうたんのせいで、自分の足どりがひどく重く感じられた。