非線型蒲公英-6
…トントントントン…
規則的な包丁の音が部屋に響く。
俺は、(ここに来て何度目か)後ろを振り向いた。
「…」
ひよちゃんが制服の上からエプロンという姿で、料理をしている。実にイイ。
と、俺の視線に気付いたのか、包丁を止め、こっちを振り向く。
「…どうしました」
「いや、ちょっと、ね」
「…じっと、見ないでください。集中出来ないんで」
「う、別にほら、減るもんじゃないし」
「…はぁ、一人前減らしますよ」
「ご、ごめんなさい」
「…暇なら、テレビでも、見てたらどうですか」
まさか、『ひよちゃんを見てる方が楽しい』とは、世界が滅んでも言えず、俺はテレビをつけた。
「…今日、どうするんですか」
再び、包丁を動かし始めたひよちゃんが問う。
「え、どうするって、何が?」
「…寝るところ」
「あぁ、そういえば」
「…考えてなかったんですね」
「あははは、あは、忘れてました」
「…はぁ、先輩らしいですね」
「うーむ、しかし、どうするかね」
「…先輩…だったら――」
「――うちに泊まりますか…だって、わーお! ひよりんったら大胆!」
部屋の外、アパートの渡り廊下に不審な人影が三人。
「ほぅ、それは…展開としては予測出来てはいたが、いざこうなると、なかなかドキドキするな」
「若い男女が、一つ屋根の下で一晩…う!」
当然、香奈と美咲と司である。
「あれぇ? 司君どうしたのかなー? 前かがみだぞ?」
「なななな、何でもありません!!!」
「うむ、遊佐間のあられもない姿を想像してしまったのか? まったく、仕方ないな」
「してません!!!」
「こらこら、あんまり騒ぐと、ひよりんにばれちゃうぞ?」
「ああ、そうなったら確実に命が無いな」
「ぐ…確かに…」
「まぁ、見つかったときのための司君なんだけどね」
「な、どういう意味ですかそれ」
「宍戸に見つかるのは、お前一人で十分。そういうことだ」
「ひ、ひど!!! 生贄ですか!? 僕は!!」
「だから、静かにしないとねー」
「は、はい…」
「…別に、是非そうして欲しいわけじゃないですけど」
いつもとは少し調子の違う、慌てた様な響きでそう付け加える。
「あ、あ、それは、本気で? いいの?」
「…ここで帰して、野宿されたら、なんだか私が悪い人みたいですから」
「泊まらせてもらえるなら、それは嬉しいんだけど…」
「…けど、なんですか」
「俺は一応、男である訳で…」
「…一応も何も、欲望の塊のような、模範的男性ですね」
「だから、つい間違いが起こらないとも限らないわけで…」
「…仮に、つい間違いが起きたときには、死体が一つ出来上がることになりますが」
「それでもいいや、とか、思ったりしないこともないわけで…」
「…ぅ」
「ひよちゃん?」
「…じゃ、じゃあ、今殺します」
ほんの少し照れた様にうつむき、正眼で包丁を構える。
「やば、ちょっと待って、冗談だから!」
「…冗談だったんですか」
わずかに悲しそうな響きで言う。
「え? いや、その、確かに、どうにかしたいな、とは、思っちゃったけど…」
「…じゃ、してください」
「え」
「…して、ください」
「あ、あの、ひよちゃん? 本気?」
「…はい」
(オオオオオオ、これはあれか!? 誘っているということか!? いいのか、こんな…!!)
ぷつん、と何かが切れた。
「じゃ、じゃあ、ヤルよ…? はぁはぁ…」
「…って、冗談なんですけど…」
半笑いではたはたと手を振る妃依。
「ハァハァ、優シクスルカラネ!!」
(…駄目だ、やばい、本気の目だ…あっ!!)
聡に押し倒されました。
「…いや、ちょっと、先輩、冗談、なんですよ…!」
抵抗するが、そこは男と女、力の差は覆せなかった。
「大丈夫、スグニ終ワラセルカラ!!」
「…や、た、助けて…!」