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非線型蒲公英
【コメディ その他小説】

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非線型蒲公英-42

 昨日は散々だった。
 思い出すだけで死にたくなる。
『そうじゃ無いわ、もっと、丁寧に扱って頂戴』
 あの後、俺と悠樹が体育館を出た時に見た光景は、ボロボロになったロボットと、その背後で黒煙を上げる鉄の固まりと、取り返しのつかないことになっていた校舎外壁と野球部の部室であった。
 前者二つについては、あえて、何も聞かないことにした。が、ガラスが殆ど割れ、コンクリートにヒビが入った校舎と、面影を残さない野球部部室に関しては、一応、姉さんに聞いた。『どうすんだよ、これ』と。
『すす、すいません、不慣れなもので…』
 姉さんは何の事は無い、といった表情で『明日までには直しておくわ』と、相変わらず無茶な事を言い放ったが、姉さんならやってしまうに違いないと思った。現に日が変わる前には元通り(かどうかは怪しいが)になっていたようだし。
 そして、あの後、ひよちゃんとは話していない。凄く落ち込んでいるように見えたからだ。『…自己嫌悪…死にたい』と、俯いてぶつぶつ呟いていたし、猛と沙華ちゃんが『何も聞いてやるな』と、二人して肩を叩いてきたので、訳も分からぬまま、何も聞けず終いなのだった。余程つらい事があったのだろう。
『いいのよ、ゆっくりと覚えていけば…フフ…』
 残る燐ちゃんだが、やたらと姉さんに絡まれていたような気がする。
 で、今日、めでたくマンションに住めるようになった俺は、姉さんに『ここ、聡の部屋よ』と勝手に決められた部屋のベッドに横になっていた。
 車の音も聞こえないくらい高い階にある部屋だったので、静かだった。
『あ、う、わ、解りました…お姉さま…』
 静かだったので、扉一枚向こうにある居間での話し声は、丸聞こえだ。
『燐…次は、私がお手本を見せてあげるわ…』
 燐ちゃんは、姉さんに呼ばれて朝からうちに来ていた。まあ、それで俺は何となく気まずくて引っ込んでいるのだが…。二人が何をしているのか。気にならなくはない。
「お姉さま、って…燐ちゃん…姉さんと何があったんだろ…」
 休みだからといって、こんな所に朝から来るのはおかしい。二人はそんなに親しい間柄では無かったはずだ。
『や…だ、駄目です…っ、そんな…入れては…あ…』
 …どうでもいいのだが、隣では、ホントに、何が行われているのだろうか? 健全な思考を持つ男子である俺は、居間をこっそり覗く事にした。
『怖がらなくても大丈夫よ…ゆっくり入れれば…平気だから、ね? ほら』
 覚悟を決めて、わずかに扉を開き、隙間から覗いた。
『う、あ…、本当に…平気みたい、ですね…』
『慣れてしまえば、怖がる事なんてなくなるわ』
 二人は各々、その手に棒状の物を持っていた。
『さあ、今度は、自分でやってみせて頂戴』
 解ってはいたのだ、予想通りであるはずがないと。
『は、はい…っ…う、ああ、だんだん、熱くなって…』
『いい反応だわ…続けて…』
 だからといって、何故―――。
『も、もう、駄目ですっ…お姉さま…熱くて、わたくしっ…』
『我慢して…もう少し入れるのよ』
 何故、居間に試験管を並べて、混液実験なんてやってるんだ…?
「限界です…っ、これ以上は、熱くて持っていられません…」
 顔を歪めて、試験管立てに試験管を置く燐ちゃん。というか、試験管バサミ使ったらいいのに…。
「まあ、頑張った方だわ。反応熱で反応の度合いを図るのは、危険で高度な技術なのだから…ところで、聡」
 ウワァ、バレテルヨ…。
「何で、こそこそと覗くように見ているのかしら? 不愉快だわ」
「いやぁ…その…何となく出て行きづらくて」
「あ、あの、わたくしが…居るせいでしょうか…?」
「燐ちゃんのせいじゃないけど…ね」
「じゃあ、私かしら」
「それは…確かにそれもあるけど」
 正確には、姉さんが家に居る、という空気が苦手なだけなのだ。
「それで? 何か用でもあるの?」
「いや、ちょっと散歩でもしてこようかな…と」
 この際だから、そういう事にしておいた。
「ふうん、それじゃ、帰りに夕飯を買ってきなさい。燐は、どうするの?」
「…あ、わたくしは、もうそろそろ、おいとまさせていただきます…。あまり遅くなると、両親が心配しますから…」
「そう…私としては泊まっていってもらいたい所なのだけれど、それじゃ、仕方ないわね…聡、燐を送っていってあげて頂戴」
「は? …まあ、いいけど…じゃ、燐ちゃん行こうか」
「あ…遊佐間先輩は、ご迷惑じゃ…」
「俺は構わないよ? 姉さんに逆らうのも怖いし」
「では…お言葉に甘えさせていただきます…それでは、お姉さま、また後日お邪魔させていただきますので、わたくしはこれで…」
「ええ、また今度ね」
 ホントに…この二人に何があったのか…俺には全く解らなかった。


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