非線型蒲公英-41
遊佐間聡は、自分は矮小な存在だ、塵以下だ、生きてる価値なんて無い…と、先程から病的なまでに繰り返し口にしていた。
寒々しい空気に当てられ、自分の姿を省みて、色々、精神的な部分で限界を超えてしまったのだった。
「死のう…」
遂に、究極の自己否定の言葉を口にする。
震える口を開き、舌を思いきり突き出すと、残された力で、それを…。
「聡君、何してるの？ あかんべえ？」
と、その行為は、悠樹の一言で意思を霧散され、中断される。
「ゆ、悠樹…お前…」
聡は、地獄で、天から伸びる一本の糸を見つけた様な気持ちになった。
「助けに来てくれたのか…？」
「え？ 違うよ？」
聡は、引っ張った糸の先に『ハズレ』の札がついていた時の様な気分になった。
「なら、何しにきやがったんだよ!!」
「ええと、琴葉姉さんに『見張っておいて』って」
コイツは姉さんの手先…断じて味方にはなり得ない…そういう事か。
「まあ、いい…いや、良くは無いが…ともかく、服か何かをくれないか…？ 特に、下」
「いいけど…私のぱんつ履く？ 貸してあげるよ」
「全力で要りません!!」
女物の下着一枚の自分を想像した。それならいっそ、何も着ていない方がマシだ…。
「えー…似合いそうなのに」
ここから解放されたならば、真っ先に俺はコイツを殺す。そう誓った。
「他には無いのかよ、何か布っぽい物は…」
「あれは？ 校章旗とか」
悠樹が指差したのは、ステージ後ろの壁にかかっていたうちの高校の校旗である。
「もう、それでも、何でも構わないから、引っぺがして巻いてくれ」
４５度に開脚した、寒々しい股間を隠せるのなら、伝統と誇りある物だろうが何だろうが、知った事ではない。それを知ってか知らぬか、悠樹は容赦なく校旗を引っぺがして持ってくる。
「ういしょっと、はい、巻いたよ」
結構な重さだが、その分暖かい。嬉しさで涙が出た。
「ああ、これで、解放されれば最高なんだけどな…」
「琴葉姉さんが『いい』って言ったらいいよ」
「ああそうかい…」
とことこ、と近寄ってきた悠樹が俺の傍らに腰掛ける。
「こうやって、二人っきりなのは、けっこう久しぶりだね」
「そう、か？ というか、この状況で持ち出す話題じゃ無いだろ」
そういった話がしたかったら、まず俺を自由にしてからにして欲しい。解放されても、その話に食いつくとは限らないが。
「小学校の頃はよく二人だけで遊んだのになあ」
「はいはい、そうだったね」
適当にあしらう。
「うー、聡君、最近冷たいよお…」
「そっちこそ、いきなり昔話なんか始めて、らしくないぞ？」
悠樹は俺の言葉に、顔を俯けた。
「だって…私の大事な思い出だもん」
「…」
いつもの無駄な元気さは、無かった。
「…ああ、はいはい、俺が悪かったから、そんな声すんなよ。昔話がしたいんだろ？ 付き合ってやるからさ」
「うん、ありがと…聡君」
それから、ぽつぽつと悠樹が語りだした昔のエピソードに、俺が短くコメントを付け加えたり、つっこんだりして…暫く、昔を思い出していた。
と、悠樹の携帯が着信音を響かせた。『琴葉姉さんだ』と、悠樹が出る。
『解放してあげなさい』
それだけ告げて、琴葉は相変わらず一方的に電話を切った。