非線型蒲公英-31
「あー、寒いのう…」
一応、夏なのだが、今夜はやけに冷え込んでいる。
「わ、わたくし、あまりこういう、暗いのとかは…苦手なのですが…」
笹倉邸を出た五人は、一路、学校へと向かっていた。琴葉に脅されてまで行かない理由は誰にも無かった(悠樹だけは興味本位だが)。
(…本当、この『ステッキ』…どういう仕組みになってるんだろう)
現在先頭で道を照らしているのは妃依だった。手に持っているのは懐中電灯ではなく、『携帯型超距離衛星経由電話一体型万能魔法ステッキ』である。その先端から、かなりの範囲を照らす光が照射されていた。
「いいなあ、それ。私もほしいなあ」
一瞬『…要らないから、あげますよ』と言いそうになったが、琴葉が聞いてないとも限らないので、勤めて冷静に、
「…私の声にしか、反応しないんですから、仕方ないですよ」
と、苦虫を噛み潰したような顔でそう答えた。
―――琴葉が通信を切ったあの後、『ステッキ』の電子音声がこう言ったのだった。
『…コトハ様ガ、シシドヒヨリヲますたーニ設定。以後、ますたーノ音声ニヨルこまんど入力ガ許可サレマス』
「…な、それは…どういうこと…」
『ますたーヨリ『初回へるぷ』こまんど要請。承認。実行シマス』
そう、電子音声が告げると『ステッキ』から軽快な音楽と、誰だか良く分からないが、テンションのやたら高い女の人の声が聞こえてきた。
『ハーイ!! おねえさんがこの『携帯型長距離衛星経由電話一体型万能魔法ステッキ』の楽しい使い方をレクチャーするから、よいこのみんなはちゃんと聞いてね?』
「…なにこれ」
『使い方はとっても簡単!! マスターが、こうなったら良いなあ…って思った事を口にして『ステッキ』を振るだけ!! さ、レーッツトライ!! がんばって、マスター!!』
ヘルプメッセージ終了。白けた空気が漂う。
「面白そう!! ねえ、ひよちゃん…」
「…絶対嫌です」
何が言いたいのか分かったので、先駆けて否定した。
「えー…試してみてよ」
「…なんで私が…」
『あら? 気に入らなかったの? 妃依』
急に琴葉に話しかけられ、ビクッ、と思わず肩を震わせた。冷や汗まで出てきた。
「…こ、琴葉先輩…別に、気に入らなかった訳では…」
『そう、それなら良いんだけれど、ああ、その『ステッキ』、ライトにもなるから。』
そう言うと、また一方的に通信は途絶える。
「…ライトって…」
妃依は『ステッキ』を軽く揺らした。
『ますたーヨリ『照明機能作動』要請。承認。実行シマス』
突如、『ステッキ』の先からスタジアムを照らす大型照明程の光量の光が溢れた。
「…なっ…」
「ひゃっ…」
「ま、眩しい!!」
突然の事に、場に居る全員が目を焼かれてしまった。
「…ス、ストップ…っ」
今度は『ステッキ』をブンブンと振り、妃依は懇願した。
『ますたーヨリ『全たすく停止』要請。承認。実行シマス』
ふ、っと光の暴力は収まった。
「はああ、う、目がちかちかするよ」
流石の悠樹もコレには参ったようだった。
「…いくらなんでも、認識が甘く設定され過ぎですよ…これ」
『ステッキ』を忌々しげに見つめる妃依。
『了解。れすぽんすれべるヲ最低ノ1456E7A5カラ最大ノ7BBD4E2Eニ設定。ナオ、コレ以降、れべるノ設定ハ許可サレマセン』
「…な、また、勝手に」
『最大れべるデハ、こまんど要請時ノ基本動作ニ変更ガアリマス。へるぷヲ参照シマスカ』
「…はい」
一応、了解すると、また、あの音楽と、あの女の人の声が聞こえてきた。ヘルプは全部コレなのだろうか。
『ハーイッ!! 凄いわねマスター!! 最大レベルなんてちょっと前人未到だけど、きっと大丈夫!! 愛と勇気と希望があれば余裕で使いこなせるから!! じゃ、説明するわよ? 用意はいいかな?』
沈黙。
『用意は、いいかな?』
再び沈黙。
『用意は、いいかな?』
エンドレスらしい。
『用意は、いいかな?』
「…はい…」
『ハイ!! OK!! じゃあ、まずは命令の仕方から!! 『マジカル、カラミティー、ジェノサイドパワー!! 何とやら〜!!』って、何とやら、の所にかなえて欲しいことを入れてね? それから、次に動きだけどー、ちょぉっと複雑だから映像を出力するわね?』