非線型蒲公英-29
笹倉邸八時半。
現在、聡と猛が入浴中のため、居間に居るのは女性陣ということになる。だというのに、彼女達は色恋話に花を咲かせる事もなく、七ならべをしている。
誰かがスペードの9を止めているため、スペードのJ、Q、Kを、そろって持っていた妃依は、ポーカーフェイスながらも内心焦っていた。あと1回しかパス出来ない…何か方法は無いものかと模索していると、微かな異変を感じた。
「…変な声、聞こえませんか」
エコーがかった少し調子の外れた歌のようなものがどこからか聞こえていた。
「これは…猛先輩の、歌? でしょうか…」
「あはは、さっき見てた時代劇のエンディング曲だよ、これ」
「…確かに…よく解りましたね」
とは言ったものの、正直、おぼろげとしか覚えてない。
「お風呂、結構離れた場所にあるんだけどな…それでも聞こえるっていうことは」
「お風呂の中は大変な事になっているのでしょうね…」
そう言って、何を想像したのか燐は頬を赤らめた。
「あー!! リンリン顔赤いよ? 何考えてたの?」
「い、いえ、そんな、わ、わたくしは何も…」
燐はさらに顔を朱に染めて、テーブルに俯いてしまった。と、その時。
『ギャアァァァァァァァァァア!!』
風呂場のほうから、殺人事件モノのドラマのような悲鳴が聞こえた。しかも、二人分。
「な、何ごと!?」
驚きつつも、一番早く反応して立ち上がったのは沙華だった。というか、悠樹はそもそも気にしている様子が無いし、妃依は『…今度は何』とでも言いたげな目をして溜息を付いているし、燐は驚きすぎて半泣きになってしまっているので、沙華しか正常に反応してないのだが。
暫くして、どたどたどたどた…と、廊下を走ってくる音が聞こえてきた。
「で…出たァァァァッ!!」
トランクス一丁という格好の猛が居間に駆け込んできた。
「うわ、猛君、凄いカッコだよ?」
そこは、今は問題ではない。
「な、何があったんですか!? お兄ちゃんは?」
沙華が質問するが、猛は、はぁはぁ、と荒い息を整えるので精一杯のようである。
「…落ち着いてください」
「はぁ、はぁ、で、出たんじゃ…」
「ユーレイが?」
「はぁ、はぁ、ち、ちが…う…」
「…深呼吸でもしたらどうですか」
「はぁ、はぁ、そ、じゃな…すぅぅ…はぁ…」
どうやら、それで落ち着いたようだ。
「…それで、何が出たんですか」
「琴葉先輩じゃ…」
その一言に、悠樹以外の全員が凍りついた。
「え? 琴葉姉さんも来てたんだ?」
「…そういう、問題じゃ、無いですよ」
冷静に振舞いながらも、顔に冷や汗が伝っている妃依。
「琴葉先輩が…どうして…?」
明らかに膝が震えている沙華。
「こ、ここここ、琴葉…先輩ぃっ…? うぅぅ…」
遂に泣き出してしまった燐。
恐怖の代名詞と言える存在。つまるところ、悠樹以外の人間にとって、遊佐間琴葉とはそういう存在なのであった。
「…聡先輩は、どう、なったんですか」
絶望的な想像しか出来なかったが、微かな期待を込めて聞いてみた。
「連れ去られてしもうた…何か、巨大なモノに…」
「つ、連れ去られた…って、何でですか?」
「そんなことを、ワシに聞かれてもな…」
そして、沈黙。しかし、束の間の沈黙を破ったのは、猛の馬鹿でかいくしゃみだった。
「う〜む…とりあえず、着替えてくるか…」
「…そうですね、そうして下さい」