非線型蒲公英-23
その時、入り口の方から、がらがら…と力なく戸を開ける音が聞こえた。
「こ、こんにちは…」
保健室に置いてきた司であった。憔悴しきっている。満身創痍というヤツか…。
「あ、こんちわ! …どうしたの? つかさ君、ぼろぼろだよ?」
「はは、色々あって…。今は動くのも辛いんですが…」
「てか、お前、帰った方がいいんじゃないか? こんな部活に顔出してもしょうがないだろ」
「それが…美咲先輩と香奈先輩に…その…『来い』と散々枕元でわめかれ…動けないのをいいことにスケッチされ…うぅ…」
(気の毒に…)
「へー、熱心な部員だったんだね! 部長としてはうれしい限りですよぉ、つかさ君!」
凄くズレた奴がいる…。
「お前は黙っててくれ…ややこしくなるから」
「えー、なんで?」
「いいから」
「はーい…」
悠樹は凄く不満そうな顔をして、奥の方に引っ込んで一人将棋(一人二役の悲しい将棋)を始めた。それを確認した俺は、司に向き直った。
「で、言われたから来た、って…見つからないように帰ればいいだろ」
「それが…今までも何度かこういう事があったんですが…」
(あったんだ…)
「その都度、逃げ出そうと試みるんですけど、いつも先回りされているんです」
「どこに? 下駄箱か?」
「家に…」
「何でだよ!」
「『やった、家に着いた!』という喜びを一気に転落させるのが楽しいとかで…」
「はぁ、難儀な奴らだね…それで…?」
「捕まると…変な服とか着せられて…うぅっ…」
泣き崩れる司。それは、トラウマになるほど壮絶なのか…。
「まぁ、事情は解った。要は、あいつらのせいで帰れないと」
「はい…」
「だけど、ここにいても結果は同じだろ?」
「は、はい…そうですね…」
「奴らは悪魔か…」
「そうですよね…悪魔ですよね…」
「ほう、誰が悪魔なんだ? ツカサ」
いつの間にか、司の背後には、二人の悪魔の影があった。その時俺には、司が一瞬死んだように見えた。
「…ボボボボボボクは何も言ってません何も聞こえません何も見えません何も感じません…」
ものすごい現実逃避だ…。泣けてくる。
「へー、それじゃあ、何したってOKってことだよねー!」
ああ、深い墓穴を掘ったな…。司。
「偶然、私たちが持っていた新作のコスを着せても何も問題無いという訳だな」
「…」
「という事でー、更衣室へGO!」
「…」
二人に引きずられていく司にはもう、喋る気力も残ってはいなかった(様に見えた)。
騒がしい連中が遠ざかっていき、パチ…パチ…。と、悠樹が将棋の駒を指す音だけが部室に響き渡るようになってようやく、俺は窓の外の夕日を見て、こう思った。
―――嗚呼、俺は、なんて無力なんだろうか…と。