非線型蒲公英-10
笹原和馬の家は、父親が海外出張で家には居ないので、母と和馬と妹の沙華の三人暮らしである。それで、和馬とは小学校時代からの友人である聡が、しょっちゅう遊びに行ったり泊まりに行ったりしているうちに、今ではほとんど家族同然の扱いになっていたのだった。ちなみに、一つ年下の沙華も将棋部に入っている。
「…あぁ、だから沙華ちゃんから『お兄ちゃん』なんて呼ばれてたんですか」
「え、今まで何だと思ってたの?」
「…無理やり呼ばせてるのかと思ってました」
「私もそう思っていた」
「えー!! そうじゃなかったの!?」
「お、お前らなぁ…」
「…でも、迷惑にならないのなら、泊めてもらったらどうですか」
「まぁ、手続き終わるまで二、三日だからな…それくらいならいいか」
「…手続きって、何のですか」
「親父が郊外のマンションの部屋、買ったんだとさ」
「…! 先輩の家って、そんなに裕福なんですか」
「あー、何の仕事してるんだかよく知らないけど、あの親父、稼ぎだけはあるみたいだからなぁ」
「…それなのに、何で先輩は一銭も持ってないんですか」
「親父の金は全て母さんのモノだから。俺にはまわって来ない…っく」
聡は言ってて切なくなってきて、涙が出てきてしまった。
「…大変ですね…」
何だか聞いてる妃依の方まで切なくなって、そう言ってあげる事しか出来なかった。
八時半。
「ねーねー、お風呂どうしよっか」
「…一人づつだと時間がかかりますから、男女で分かれて入るのがいいかと」
妃依の部屋の風呂は、比較的広い作りになっていたので、浴室になんとか三人くらいは入れるのだった。
「大賛成だ! クク…」
美咲が邪悪な笑みを浮かべた。(少なくとも司にはそう見えた)
「クク…さぁ、男組から入るといい。私達は後で、ゆっくりと入ろう」
「そうだネ、うふふふふふ」
「…はぁ、そうですね」
前者二人はどう見ても不自然な笑みを浮かべていた。(司は恐怖に震えた)
「…はい、タオル。二人分です」
聡は『粗品』と書かれた紙で纏められ『農業森林組合』と刺繍の入った紅白タオルを二枚渡された。
「な、何でこんな物が? 『農業森林組合』って、一体…」
「…さあ、クローゼットの奥に置いてあったんですけど」
「まあいいか…。じゃ、お先に」
と、聡が風呂に向かったので、仕方なく司も立ち上がった。
「ぜ、絶対に覗かないでくださいよ!!」
(…それ普通逆)
と、思った妃依だったが、
「そうだな、邪魔はしない…ククク」
「密室で…裸で…二人きり、キャー!!」
(…でも、ないか)
と、思い直した。
「…先輩、ここで覗いたら、後で覗かれますよ」
「構わんが」
「私も別にいいけどー」
「…お二人には羞恥心というものが無いんですか…」
「宍戸は裸が恥ずかしいのか?」
「もー、ひよりんったらカワイイ!」
(…この人達に聞いた私が馬鹿だった…)
と、その後、何度か二人が凶行に走ろうとしたのを妃依が止め、彼女達が入った時も覗かれる事は無く、結局、入浴したのに気疲れしたのは妃依と司だけだった。