アイカタ―――後編-3
コンクール本番が始まると、控え室のモニターに舞台の様子が映し出された。
俺は人のネタを見ると緊張するタイプやから、出来るだけこういうのは見たくないと思ってしまうんやけど、シーナは違う。
顎をさすりながら真剣にモニターを睨みつけている横顔を見ると、シーナという男は俺以上に漫才が好きなんやなと思う。
「えー、エントリーナンバー8番、ジャッカスさん。舞台のほうにスタンバイしてください」
「―――は、はいっ」
腕章をつけた係員に呼ばれて、暖房のきいた控え室からひんやりとした廊下に出る。
ステージに向かって歩き出した途端、身体の奥からぶるっという武者震いがきた。
緊張が解けないまま舞台袖に到着すると、壁際に並べられたパイプ椅子に、俺達の前に出場する「キングスパイダー」が座っているのが見えた。
本番直前の精神統一のためなのか、二人ともいやに不機嫌そうな顔で腕組みをしている。
「……キンスパや」
俺がシーナに耳打ちした気配に気づいたらしく、ツッコミ担当の神谷がこっちを見てニヤッと嫌な笑いを浮かべた。
「―――誰かと思たらシーナやん。久しぶりやな」
キンスパは俺達と同じように地元のコンクールや大会に結構前から出場している常連組で、去年の優勝コンビや。
必然的に俺達とも顔を合わせる機会が多いから、プライベートの付き合いは無いにしても、お互いに呼び捨てで呼び合う程度の仲にはなっている。
キンスパのウリはマシンガンのようにたたみ掛ける神谷のツッコミ。
ネタの流れもスピーディーで勢いがある。
過去には、空回りして全くウケへんことも何度かあったけど、それは商店街とか祭会場みたいなザワついた場所でやった時がほとんどで、客がネタに集中さえしていれば、かなりの高確率で笑いをとる実力がある。
「しばらく見かけへんかったし、もう漫才やめたんかと思てたわ」
神谷がシーナをジロジロと舐め回すように見ながら絡んできた。
「おん。まぁいろいろあってな。しばらく充電してたんや」
無難に受け流すシーナ。
「シーナはセンスあるし、お笑いやめたらもったいないで。条件にさえ恵まれれば、お前ならもっと笑いとれると思うし」
―――なんやねん、コイツ!
まるで俺がシーナの足を引っ張ってるみたいな言い種に思わずカチンときた。
「――そうか?神谷に言われたら嬉しいわ」
まんざらでもなさそうなシーナの態度にまた腹が立つ。
「なぁシーナって………卒業したらどうするん?コレ終わったらどっかでゆっくり話さへん?」
神谷は完全に俺のことなんか眼中にない様子で、やたらとシーナに色目を使ってくる。
ツッコミをやってるヤツというのは、他のコンビのネタを見る時に、このボケに自分ならどうツッコむかということをシミュレーションしながら見ることが多い。
俺は神谷と同じツッコミやから、ようわかる。
神谷はシーナと漫才をやってみたいと思っているに違いないんや。
この男が俺達の漫才を見ながら、シーナにツッコむところを想像していると思うだけで、なんだか無性に腹が立った。
神谷の相方である猪田は、たいして気にもとめていない様子で、こちらを見てニヤニヤ笑っている。
お前、自分が神谷に切られるかもしれへんてことわかってへんやろ?
断れシーナ!
こんな奴らに関わんなよ。
俺は心の中で叫んだが、シーナはそんな俺の気持ちには全く気づいていないようだった。
「―――まぁ。別にええよ」
「ちょ……シーナっ」
当たり前のような顔で神谷の誘いを受けるシーナに、俺はさすがにイラっときた。
「キングスパイダーさん、そろそろスタンバイお願いします!」
誘導スタッフの声がかかり、神谷とその相方は立ち上がった。
「ほな、お先」
神谷はシーナにだけ目配せをすると、相方と一緒に明るい舞台のほうへと小走りで出ていった。
「……な、な、なんやねん。アイツ!」
あまりにイラつきすぎて、声が震えてしまう。
「お前もお前やでシーナ!あんなヤツに関わんなアホ!」
顔を真っ赤にして逆上する俺の頭を、シーナがパシッと叩いた。
「―――アホはお前や」
「―――は?なんで俺が……」
「お前を怒らせて、ネタをしくじらせるんが神谷の目的やろ。それくらい気づけや」
「―――え?………そ、そうなん?」
いきなり思ってもみなかったことを言われて俺はきょとんとなった。
「お前がイライラして調子崩したら、俺らのネタはガタガタや。神谷はお前がカッカしやすい性格やってわかってるから、わざと挑発してんねや」
「そ―――そう…か……スマン」
口ではそう返事しながらも、俺の腹の中はまだモヤモヤしていた。
神谷は、本気でシーナを相方として狙ってる。
そんな気がしてならなかった。
その時、客席の方からドッと大きな笑いが起こった。