B-7
「じゃあ、これで家庭訪問は終わりますね」
「え?もう終わりけえ」
「はい。何か?」
「い、いや。あまりに呆気ねえもんで」
母親の疑問は無理もない。普通、家庭訪問とは、生徒の家庭環境をを見て、学校での生活態度などを助言する場なのだが、雛子は哲也については何も伝えて無い。
しかし、
「哲也くんは、何の心配もいりませんよ」
彼女は確信していた。この母親の下なら、真っ直ぐに生きていくだろうと。
雛子の言葉に、母親は安堵の表情になった。
「先生様。ありがとう…」
「あの、ちょっと待って下さい」
母親がお礼を云おうとした時、雛子はそれを遮った。
「今日はお母さんに、もうひとつお話があって来たんです」
「話…ですかい?」
「お話と云うより、お願いです」
雛子は、自分の“考え”を実行に移そうと思った。
「お願いって?」
「お母さんに、百姓仕事を教えて欲しいんです」
母親の目が、みるみる丸くなる。
「ひ、百姓って、あんた…」
「私が今、借りてる家は、広い庭が有るんです。だから、そこに畑を作ろうと思って。
ただ、私は畑はおろか、百姓仕事もやった事無くて」
驚きの内容に、母親ばかりか、哲也までが呆気に取られていた。
だが、これで終わりでは無かった。
「それで畑を作る時、哲也くんに手伝ってもらいたいの」
「て、哲也にも!?」
最初を上回る内容に、思わず母親の声が上ずった。
「畑作りを私1人でやってたら、ずいぶんな日数が掛かってしまいます。ですから、哲也くんに手伝ってもらいたいんです」
雛子は、両手を床についてお願いした。
「そりゃ…先生様に、そこまでされちゃ」
「じゃあ!いいんですか」
喜ぶ雛子。どうにか第1関門は突破した。後は、父親の云った言葉通りにやるだけだ。
帰り際、母親と哲也が玄関口まで見送りに来た。
「あ、そうそう」
雛子は振り返り、母親に訊ねる。
「あの鯉って、いつ食べられるんです?」
「え?」
「だって、洗いか鯉こく、煮付けにして食べられるんでしょう?」
母親は、何を云いたいのか解らない。