B-6
(学校じゃ、絶対に教えられない事だわ)
“子は親の鏡”とはよく云った言葉で、子供は親の真似をして育つ。故に、いくら外面を繕っても、その子供を見れば、たいていの事は分かる。
雛子は思った。このような困難の中でも清貧を貫く母親に育てられた哲也なら、将来、どんな苦難も乗り越えていけるだろうと。
その時、乱暴に入口の戸が開いた。
「母ちゃん、ただいま!」
明るい哲也の声だった。
「見てよ!田植え前だから、ため池の水落としてて、鯉が…!」
はしゃいでた声が途切れた。
「こんばんは」
予想しない現実に、哲也はその場に固まってしまった。
「ねえ、先生にも見せてよ」
雛子は立ち上がると、哲也に近づく。
「うわあ!尺鯉ばかりじゃない。これ、洗いとか鯉こくにすると美味しいのよねえ」
「先生…鯉なんか食べるの?」
固まったままで哲也が訊いた。
「もちろん!長野にいた頃はね、ご馳走だったんだから」
とびきりの笑顔で答える雛子を見て、哲也の表情は柔いだ。
その一部始終を見つめていた母親も、暖かい気持ちになっていた。
「でも先生、今日は何で家に?」
ようやく緊張の解けた哲也が疑問をぶつけた。すると雛子は、優しく答える。
「今日はね、家庭訪問に伺ったの」
言葉は続いた。
「それで、哲也くんも一緒に聞いてくれない?」
「オレも一緒に?」
雛子の提言に、母親は少なからず動揺を見せる。
「哲也も一緒って、さっきの話をするんですかい?」
「いえ。違います」
母親を見る眼は、穏やかだった。
「今日は家庭訪問もですが、お願いもあって来たんです」
「お願いって、哲也にけえ?」
「いえ。哲也くんだけじゃなく、お母さんにもです」
「ワシにも?」
ますます意味が解らない哲也と母親。が、しかし、云われるままに雛子の前に座った。
「そういえば、忘れちょりましたわ」
母親は、姿勢を正した。
「こいつが、いつもお昼を頂いとるそうで…」
深々と頭を下げられ、雛子は冷静さを欠いてしまう。
「い、いえ。わたしの方こそ助かってるんです」
「そげなこと…」
「本当なんですよ!それに、一緒に食べてると美味しくて」
そう云ってはにかむ姿を見て、母親はそれ以上、訊くのを止めた。すると今度は、雛子の方が姿勢を正す。