B-10
「先生…」
椎葉の眉間にしわが浮かんだ。
「早川さんところは、そりゃあ可哀想なんですわ」
雛子は、どう答えていいか分からず黙ってる。椎葉は構わず言葉を続けた。
「特に旦那の哲臣さんが死んでからは、あった田畑を大田原に買い叩かれた時やあ、憐れでならんかった」
「知ってます。土地の不当売買を知ってて、役場も駐在さんも、何も介入なさらなかったって」
雛子は思い切って、心にあったわだかまりをぶつけた。今の時代に、このような不遇がまかり通るとは思えないからだ。
すると椎葉は、力無く笑った。
「先生はまだ知らんからの。この村の誰もが早川さんを可哀想と思うちょるが、ワシらには、そう思う事しか出来んのじゃ」
家庭訪問を終えた雛子は、帰宅の途についた。
「…大地主が支配する村か」
足取りは重く、表情は冴えない。
「農業以外の、何かがあれば」
美和野村の生活基盤は、米作りの第1次産業が主だ。だから、田畑の大部分を支配する大田原に富が集中する。
逆に云えば、米作り以外で誰もが携わる事が出来て、なおかつ、儲かる物なら村全体を潤せる。
夢物語のような答えに、雛子はため息を吐いた。
「そんなのどうやって…」
これ以上、考えても無理だと悟り、帰路の足取りを速めたが、しばらくすると、また思考を繰り返す。
新たな問題。解決は、無謀とも思えた。
翌日の夕方。雛子はまた、俯いて歩いていた。すると、何処からか声が聞こえた。
「雛子先生!」
道の辺の田んぼで、子供が手を振っている。
「ヨシノちゃん!」
生徒であるヨシノが、両親や祖父母と共に、田植えの準備に来ていたのだ。
雛子は、脇の畦道からヨシノに近づいた。