やっぱすっきゃねん!VP-8
「…昨日は、怪我の事で頭がいっぱいで学校に自転車忘れちゃって。そしたら、直也が届けて来てくれたの。
そのお礼にって、母さんが晩ごはん食べてけって」
「へえ。直也にしちゃ上出来じゃない」
意外に思えた尚美。普段のいがみ合う姿から、とてもそんな仲とは思えなかった。
「じゃあ、おかわりあるから、たくさん食べてね」
加奈は、リビングから出て行こうとした。が、修はどういうつもりなのか、未だ端っこに座っている。
「修!アンタはこっちよ」
「ちょ、ちょっと!」
修は襟首を掴まれ、半ば強制的にリビングを出された。
「ホラ!早く。あそこは、女の子同士で色々あるんだから」
「オレもあそこで食べたいのに!」
思いを主張する修に、加奈は小さい声でたしなめる。
「佳代は久しぶりに友達と会ったのよ。女の子同士で、話したい事もあるの」
「そんなの構わないよ。オレ、姉ちゃんの話なら聞きたい」
自我を通そうとする息子に、加奈は呆れ返った。
「アンタには“姉弟”の定義を、教えなくちゃならないみたいね」
そう云って、修の目を厳しい眼で見つめた。
「さあ、食べよう」
佳代の声に合わせて、尚美も有理も箸を手にした。
「でも…これだけ食べるの?」
大皿に盛り付けられたトリの南蛮漬け。同じく大皿のカボチャの煮付け、それに具たくさんの味噌汁が、テーブルを占拠している。
尚美も有理も、その量に圧倒された。
「ウチは、わたしも修も野球やってるから。たくさん食べなきゃもたないの」
佳代は取り皿に料理を取り分け、
「今日はありがとう。おかげで、課題もほとんど片づける事が出来た」
感謝の気持ちで、料理を2人の前に置いた。
「アンタ、変わったねえ…」
「えっ?」
ふと、尚美がしみじみとした声を挙げた。
「以前は、もっと子供っぽくて、自分の事を最初に考えてるのかと思ったけど、今は少し違う。ずいぶん周りが見えるようになったよね」
「そうね」
有理が相づちを打つ。2人の思いに、佳代は顔を赤らめる。
「そんな事ないよ。相変わらず試合じゃ役に立たないし、今日だって2人に迷惑かけて…」
「本当は昨日の夜にね。藤野コーチから連絡があったの」
「藤野コーチが!?」
驚きの声に、尚美と有理が頷く。
「アンタが怪我して落ち込んでるだろうから、有理とわたしで立ち直らせてくれって」
「気持ちを前向きにさせようって、尚美ちゃんが提案したのよ」
「そう…」
佳代は嬉しかった。野球というものを通じて、たくさんの人が支えようとしてくれる事が。
そして同時に、胸が熱くなるのだった。