続・せみしぐれ〜color〜(後編)-17
「――俺だったら…」
「…え?」
「俺だったら、あなたにこんな傷なんて作らないのに…!!」
耳元で、彼が小さく悲しげに叫んだ。
「えっ…?――ひゃ…ぁっ!?」
思わず、自分の目を疑う。
でも。
確かに、視線の先では、相模くんが私の腕に唇を這わせていた。
(あ…そこは…)
夫が、執拗に何度も叩いた箇所だから、今でもまだ、皮膚は薄紫色に変色したままだ。
(…相模くん…?)
よく見れば。
彼は、次から次へ、私の腕に今でも残る傷痕に唇を、舌を這わせていた。
柔らかな…そして、どこか淫靡な香りのするその、仕草。
「ちょ、ちょっと!ダメだよ、こんな…」
その手を、振り払おうと思ったのに。
私にできたのは、慌てたように上擦る台詞を紡ぐだけだった。
――だって。
目が、合ってしまった。
その行為を止めないまま、少年は視線だけで私を射抜いて。
息をするのも忘れる一瞬。
身体の芯が、密やかに潤むのを感じた。
やがて、彼のその唇は私の指先を這い回り、いつしか生暖かな口腔内へと吸い込まれる。
「んん、く、くすぐったぃ…!」
指先から伝わる、艶めかしい欲情。
目の前にいた少年が――今、雄に変わる。
そのまま、両手首は彼の片手で押さえつけられ、唇は腕から肩へと移って…。
「んぁっ…耳ダメ…舐めないで…」
ぴくりと身体が跳ねて、呼吸が乱れ始めるのがわかった。
耳にかかる吐息。
交わる視線。
…お願い。
そんなに見つめないで。
もう、私に触れないで。
ここで終わりにしよう。
そうじゃないと私、求めてしまう。
この『先』を。
――あなたを。
強く瞼を閉じたら、そこに柔らかな温もりが触れた。
そして、頬に。
鼻の頭にも。
静かに降り続くのは、キスの雨。
…しばらくして、相模くんは顔にかかっていた前髪をかき上げて、額の汗を拭ってくれて。
そっと目を開ければ、再び視線が交ざり合った。
「…同情が、欲しかったんじゃないんだよ?」
乱れる呼吸を押し殺しながら、私はゆっくりと彼に告げる。
「同情なんかじゃないよ」彼の返事は、即答だった。
その目はとても真っ直ぐで、きっと、嘘ではないと信じられた。
――でも、それならば。
「だったら…何?」
「何だったら…いいの?」
相模くんの表情が、悲しげに揺れた。
(…そうだね)
私は、彼にどんな答えを望んでいるというのだろう。
だって、私には夫がいるのだ。
帰らなければならない場所があるのだ。
そして。
それは――もちろん、相模くんにも。
それなのに。
私たちの奥底で、溢れ出してしまった。
切ない愛おしさと、狂うほどの――欲情。