続・せみしぐれ〜color〜(後編)-13
「あ、おっちゃん達、先に帰ってきてるみたいだよ」
『さくらだ』の灯りが道の向こうに見えるようになった頃、ようやく相模くんが沈黙を破った。
「あ、そ、そうだね」
…私、いつまで狼狽えてるのかしら。
「…楽しかった?」
「え?」
「祭り行くの、初めてだったんでしょ?」
立ち止まり、振り返る相模くんの表情が、少し不安そうに揺れた。
「混んでたし、イヤだったんじゃないかなって…」
…心配、してくれてたのかな?
「うん、楽しかったよ。浴衣を着て行けたのも…相模くんと、一緒にお祭り行けたのも」
「…そっか」
――あ、笑った。
…ホントにもう、大人なんだか子どもなんだか…。
そんなに、揺さぶりかけないでよ。
「あの、さっきの話…」
「え?」
「何考えてるか…って、あんまりよくわかんないんだけど」
あ、さっきの…。
ずっと、答えを考えてくれてたのかな?
「将来のこととか、学校のこととか…俺なりにいろいろ考えてて」
一つ一つ、言葉を選びながら彼は続ける。
「他にも、迷惑かけた親のこととか、本気で俺の面倒みてくれてるおっちゃん夫婦のことも」
(…そっかぁ)
ここへ来たばかりの頃の、あの態度からは考えられないくらいの言葉が並ぶ。
きっと、御両親もおじちゃんたちも喜ぶよ。
「あと…松下さんのことや…好きな女のことも」
「――えっ?」
「そんなもんかな。…じゃあ、おやすみなさい」
返す言葉が見つからないままの私を置いて、彼は足早に母屋へと消えていった。
私のことも、考えてくれることがあるんだ。
まぁ、確かによく一緒に過ごしているし…。
――でも。
やっぱりいるんだね、好きな人。
(…当たり前だよねぇ)
わかってるよ。
――それなのに。
私の心は今、その当たり前のことを…悲しいと、思ってしまった。
あぁ、どうしよう。
私、彼から目が離せなくなる。
ダメなのに。
私が向き合わなきゃいけないのは、彼じゃないのに。
記憶の底に閉じ込めていた、夫の姿が脳裏に浮かぶ。
…私が愛しているのは、夫だけ。
愛してくれているのも、夫だけ。
だから、違うの。
この気持ちは、恋なんかじゃない。
きっと――…。