異界幻想 断章その2-7
「ま、自分の身は自分で守れないとね。特に僕みたいな人間は、さ」
ティトーの方を振り返り、ジュリアスは笑った。
「うちの師匠と比べたらこいつらなんて屁のカッパ、ってね。この間は聞きたい事があったからわざと掴まったんだって、少しも考えなかったのかなぁ?ねえねえ、僕けっこう体重あるんだけど気づかなかった?」
後半は腰巾着に向けて言うと、ジュリアスは上着を脱いだ。
シルクサテンのブラウスを押し上げるのは華奢な肢体ではなく……年齢に似合わない筋肉の浮き出た、鍛えられた肉体だった。
「っな……!?」
着痩せするにもほどがある、とティトーは驚く。
「あんた達の悪意は十分分かったからさ。今度は小細工なしでおいでよ」
にっと、ジュリアスは笑う。
「ただし」
今度は、人差し指を腰巾着に向けて突き付けた。
「城内で起こる事は殿下も王妃様もほとんどの事を把握なさってる。むろん今回の事も耳に挟んでおいでだし、そいつが僕相手に負けた事も下手をしたらそろそろご存知のはずだ。殿下とお近づきになれないぶっさいくな性根を晒しちゃったんだから、しばらくはおとなしくしている事を強くお勧めしておくよ」
通牒を叩き付けると、ジュリアスは踵を返す。
「行こう、ティトー」
自分を追い抜いて歩き始めたジュリアスの後ろ姿を、ティトーはまじまじと眺めた。
「……なあ」
ティトーの声に、ジュリアスは足を止めた。
「何?」
振り返ったジュリアスの表情はあどけないと呼べるほどに無垢で、ティトーは言葉に詰まる。
「前に『父上の助言だ。それに倣って聞いた結果があれだから、次を聞いてみないと』って言ってたよな。『最初は、相手の真意を確かめなさい』の次は、何だったんだ?」
それを聞いたジュリアスは、ふっと笑う。
「最初は、相手の真意を確かめなさい。次は、相手の悪意を確かめなさい。そしてその者と自分が相容れない事を確信し、その者が自分に危害を加えてくるようなら……」
言葉を切られ、ティトーは思わず唾を飲み込む。
「ようなら?」
「己のプライドを懸け、全身全霊で抗いなさい。理不尽な暴力へお前が屈する事に意味はない。周囲の助けを借りる事を躊躇う事はない。どんな手を使っても、障害を跳ね退けなさい……って、言い含められたんだ」
大公爵の言葉に、ティトーは慄然とした。
こんな幼い子供にこれほど重い言葉を諭し、自らは不介入を貫く。
その器の大きさが垣間見えると共に、それを真正面から受け止めたジュリアスの強さに全身が震える。
見届けたい。
そして、変わりたい。
将来、この男とともに在るために。
後日談。
八年後の彼は研鑽を重ねて手に入れたいと願った資質を習得し、最高の相棒と友人に囲まれた日々を送っている。