異界幻想 断章その2-2
略式の礼装にマントを羽織った気楽な姿で、ティトーにも簡単な挨拶をする。
「君もいるならちょうどいい。実は今日、息子の初登城でね」
大公爵はマントに手をやり、隠れている彼に出てくるよう促した。
「多少内気な所があるが、そう悪い気質ではないと思う。よろしく頼むよ」
マントの後ろから少年が一人、おずおずと姿を現す。
艶のある漆黒の髪に、鮮やかで深い紅の瞳。
不安なせいか顔色は僅かに青ざめているが、恵まれた将来を約束するほぼ完成された容貌。
略式の礼装に包まれた体はひどく華奢で、喧嘩をしたら同い年の女の子にすら負けそうに見える。
総評は、思わず青田買いしたくなるほどの美少年だ。
「初めまして、だね」
ユートバルトは屈んで、少年と目線を揃えた。
「僕は、ユートバルト・レギン・ホーヴェルト。将来的には君と仲良くやれる事を期待しているよ」
「は、はい!」
少年は飛び上がると、ユートバルトに向かって敬礼した。
「ウィルトラウゲータ・アセクシス・エラウダ・バラオート・カイゼセンダージュ・バラト・ジュリアス・ダン・クァードセンバーニと申しますっ!以後、よろしくお願いしますっ!」
少年らしい澄んだ声と一生懸命な挨拶のあまりな愛らしさに、ユートバルトは破顔する。
何となく、この少年とはうまくやっていけそうな気がした。
「俺は、ティトー・アグザ・ファルマン。ユートバルトの従弟だ。よろしくな」
脇からティトーが声をかけると、少年はびくっと震えて彼を見た。
「?」
思わず不審そうに少年を見ると、彼は視線を外してうつむいた。
父親のマントの端を握ってもじもじしているのを見ていると、いけない食指がむずむず動く。
「よ……よろしくお願いします」
それだけ声を搾り出すと、マントの後ろに隠れてしまった。
「……ジュリアス」
「父上……」
優しい咎めに、ジュリアスはマントをきつく握り締めた。
知らない人間二人と挨拶を交わしただけでも、人見知りする彼にとっては重労働だった。
「……初登城、だったね?」
恐がらせないよう殊更に優しい微笑みを浮かべてみせると、ユートバルトはジュリアスへ手を差し延べた。
「君の父上はお忙しい人間だ。一緒においで、代わりに城内の案内をしてあげよう」
「は……はい」
マントを手放し、ジュリアスは王子の手を握った。
「!」
ユートバルトの表情が、僅かに変化する。
すぐにそれは打ち消され、ユートバルトは巻物を元の棚に戻すとジュリアスを連れて蔵書庫を出た。
当然、ティトーもそれに続く。
ちらりと後ろを振り返れば、大公爵は気障な一礼をして三人を見送った。
正直、底の知れない男だ。
自分の持つ伯爵令息より低い地位にある人間なら三度も顔を突き合わせればその人となりを推し量る事はできたし、それは実に正確だった。
しかし、それ以上の地位にある人間には……何度顔を合わせても底の見えない人間が、王や伯母を始めとして何人もいる。
ユートバルトも簡単に底を見せてくれる男ではないし、姉を委ねる事に異存はない。
だが、この少年……ジュリアスはどうなるだろう。
大公爵公子という地位。
その存在だけは小耳に挟んでいたが、実物を目の当たりにすると非常に心許ない。
それは単にまだ十歳という幼さからくる頼りなさではなく、何と言うか……たぶん将来は自分と共にユートバルトを支えていける強さを秘めているのだろうかという不信感なのだろう。
つまりは、要観察という所だ。
役に立つならよし、なれどユートバルトの役に立たない器の持ち主なら……容赦なく、切り捨てる。