魔の子-5
冗談ではなかった。リアのためなら命を投げ出してもいい……そんな思いもあった。
アルはたわいもない会話を交わしながら、隣を歩くリアの顔を横目で見る。時折見せる屈託のない笑顔は、何度見ても息を飲む可愛さを持っている。そして、その外見に見合った優しい性格もアルの心を魅き付けるのであった。
「あっ……見て見てアルさん、雪!!」
嬉しそうにくるくる回りながら、空から降って来る牡丹雪を手のひらで受け止めてアルに見せにいく。が、その途中で溶けて水になってしまい、手には水滴だけが残った。
「ぷっ…」
アルが思わず吹き出す。
「えへへへ…」
頭を掻きながら照れ笑いを浮かべるリア。
(このままじゃ…このまま仲良くなっちゃいけない)
こんな話をしながらもそう思ってしまう。
(仲良くなれば…好きになればなるほど、別れが辛くなるから…)
目をギュッとつむり、手を強く握り締めた。
(俺は…リアが好きだ。だから、だから――)
「リア、あのさ…」
アルが立ち止まってリアの方を見る。気付かずに歩いてしまい、アルより少し前で止まったリアが振り返る。
「どうしたの、アルさん?…急に改まっちゃって」
首を傾げてアルを見つめる。
「リア…ごめん!!」
アウルとの戦闘でも使った小型のナイフを腰の鞘から抜くと、そのままリアに抱き付いた。
「えっ…」
言葉と行動が一致していないアルに、動揺するリア。
ぞぐっ…
リアの背中に回されたアルの手は、背中側から彼女の心臓にナイフを突き立てた。
「どうせ消える命なら…俺が最後まで一緒に付いてるから…」
地面にはもう血溜まりが出来ている。触れ合っている頬がどんどん冷たくなっていく感触に、アルは更に強くリアを抱き締めた。
「アルさん…ダメっ早く離れて!!…呪いがかかっちゃうよぉ…」
そう言うと口から血を吐き出した。
「ずっと付いてる…そう言っただろ」
リアを抱き締める手に力が込められる。
「アルさん…」
リアはゆっくりと目を閉じた。涙が頬を伝い、触れ合うアルの頬も濡らした。
「ありがとう…アル…」
パアアアァァ――
リアの体が金色にきらめく砂粒になって、冬の乾燥した風にさらわれる。雪と混ざりあって宙を舞うその光を、アルは穏やかな心で見上げていた。
(リアと…いつまでも一緒にいられるなら…)
途端、アルの全身は強い衝撃に貫かれた。
アルの意識は、そこで途切れたのだった…――
まだ少し肌寒い初春の風と、うららかな日差し。春の訪れを喜ぶ鳥たちのさえずりが、少年を目覚めさせた。
夜の海のような深い蒼の髪と瞳。その右手には新品のように綺麗な小型ナイフが握られている。
「リ…リア……」
寝ぼけているらしく、起こした上半身は緩慢な動きで目をこすっている。
(はっ…リア!!)
目を見開いて、辺りをキョロキョロと見回す。そんな彼の頭に、聞き覚えのある少女の声が響いた。
『アルさん…ありがとう。作られた存在である私を、本当の人間のように扱ってくれて…』
「リア…君はわざと、俺に呪いをかけなかったのか?」
涙を流しながら、座ったまま片膝を抱える。
風は彼を慰めるように、彼の涙をすくい取り、頭を撫でるように吹き続けた――