異界幻想ゼヴ・ヴィストラウレ-5
「違います……」
濡れた頬が、ぴたりとくっついた。
「ごめんなさい……」
バランフォルシュは、とめどなく涙をこぼし続ける。
「バランフォルシュ様……」
どうして、彼女はこうなのか。
謝ってばかりで常に何かを悔悟し、全身に憂愁を漂わせている。
それを自分が心配する事は、彼女に優しく針を刺すに等しい。
気遣えば気遣うほど、それがバランフォルシュを苦しめるのだ。
「とりあえず、お礼は言っておきますね。おいでくださって、ありがとうございます」
バランフォルシュを抱き締め返すと、彼女はひどく驚いた風だった。
「深花……私を、歓迎してくれるの……」
「?当然じゃないですか」
首をかしげてそう返すと、バランフォルシュは再び落涙した。
冷たい涙がまぶたを伝い、虚ろな眼窩の中へ落ちてくる。
ぴりりと、刺激が走った。
「あなたにもイリャスクルネにも、私は迷惑をかけてばかり。ごめんなさい……」
地母神が、何をそう謝るのか。
深花は手を伸ばし、バランフォルシュの頬に触れた。
温かい。
けれど、涙で冷たい。
「どうして……」
泣き続けるのかと、深花は問いたかった。
どうして謝り続けるのかと、深花は問いたかった。
でも、言えない。
聞く事は、バランフォルシュを傷つける。
これほど泣き続けるひとを問い詰める事など、深花はできなかった。
それにバランフォルシュは気がついて、ますます申し訳ないと泣く。
「……私がバランフォルシュ様の元に召されたのじゃないなら、どうしてこんな状態になってるんですか?」
素朴な疑問に、バランフォルシュは答える。
「これは本来禁じられている事。けど、どうしても……」
バランフォルシュの指が、眼球が失われて膨らみのないまぶたをそっと撫でる。
「返しに来たの」
額が軽くぶつかり、睫毛が触れ合った。
「あっ……!」
まぶたの奥が、ちりちりと熱くなる。
「……目は閉じたままで。何も見ては駄目よ」
バランフォルシュの抱擁が、解けた。
「……もう行かれるのですか?」
見るなと言われれば、それに従うしかない。
名残惜しくて伸ばした指先に、バランフォルシュの着衣が触れた。
さらさらと滑るような肌触りは、地上にあるどの素材とも似ていない。
「……さようなら」
バランフォルシュは優しく言うと、深花の額に唇を触れさせた。
「愛しているわ……あなたが、身近な愛に気づきますように」