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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-75

「悪いことに決まってる」

日下部は鋭利な声でそう切り返して、睨むように僕を見据えた。

「優しくして、だから何だっていうの。あいつは、母さんがいなくなった場所に居座ろうとしているんだよ。自分が追い出して出来たその空席に、母親面してさ。そんな優しさ、私が欲しいとでも思う?」
「――ああ、そうか」

あいつだけは絶対に許せない。日下部がそう言ったことを思い出す。カウンセラーが、患者の旦那と恋に落ちる。心をケアする立場の人間が、患者の大切な人を奪うなんて、確かにイカれている。そんな奴が父親の再婚相手だなんて、娘として許せるはずがないだろう。

「でも、どうして君は言わなかったんだ。君の母親が死んだ理由を二人に教えれば、再婚も考え直すかもしれない。良心があるなら、そうなると思う」

僕の言葉に、日下部はおもむろにかぶりを振った。

「母さんが何も言わなかったからよ。遺書も遺さずに母さんは死んでいった。恨み言ひとつ溢さずに命を絶ったの。だから、母さんは多分、あの二人を憎んではいないと、私は思う。全部、自分に原因があると思ってる。だから、二人の関係を壊さずに死んでいったのよ。母さんが最期に遺した、優しさなのか、意地なのかは分からないけれど、私にそれを壊す権利が、あるのかな――」

日下部自身、まだ迷っているような口振りだった。
壊してしまえよ。君を遺して死んでいった母親も、妻と子供を裏切った父親も、患者の夫を奪った不届きなカウンセラーも、みんな糞喰らえじゃないか。君には君自身のプライドを守る権利があるはずだ。誰の意思でもない。君の人生に於いて最も大切なのは君の意思じゃないのか。
僕は口から出そうな言葉を飲み込み、押し黙っていた。

――僕に、何が分かる。

僕の薄っぺらい価値観に、どれだけの意味がある。僕には日下部の苦しみの一割だって理解できやしないのだ。銃で撃たれた痛みなんて、想像することは出来ても、共感することは出来ない。想像以上に、痛いに決まっている。撃たれた彼女を前にして、僕はどんな言葉をかければいい。

「――まあ、だからさ」

やがて日下部は、場の空気を変えるようにカラッとした口調でそう言った。

「あの女のいる家には帰りたくなかったんだ。この三日間、ネットカフェに寝泊まりしてたの。結構居心地いいよ。ドリンク飲み放題だし、シャワーも使えるし」
「ここに来たのは、財布が軽くなったから?」と僕は顔の形を笑わせた。うまく笑えただろうか。
「そう。ガソリン代が無くなる前に引き払って、さあどうしようかなって思ってたら、ああ、何だ、シノがいるじゃんって思った」

それはそれは。随分と都合のいい男が世の中にはいるものだ。

「僕は便利屋か」
「私の犬でしょ」
「断じて違う」
「共犯者」
「それはまあそうだけど」
「私に“楽しい”ってことを教えてくれるのよね。一人ぼっちで帰る場所もなく、路頭に彷徨うのが楽しいとでも?」

改めてお互いの立場を強調されると、返す言葉はないのだが。


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