凪いだ海に落とした魔法は 3話-44
「やあ、こんにちわ」
「こんにちわ。奇遇だね。志野くんも来てたんだ」
さあ、困ったことになったぞ。白川慧が菊地から例の話を聞いているのなら、テストの一件の首謀者が沢崎拓也であることは知られているはずだ。表向きは同じ被害者だということになっている僕が、沢崎と仲良く歩いているのはおかしいじゃないか。
「あん?」
少し前を歩いていた沢崎が、僕らのやり取りに気が付いて振り返る。このまま気付かずに立ち去って欲しいという僕の願望は脆くも砕かれた。
「誰そいつら。知り合い?」
乾いた眼差しで白川慧たちを見遣る沢崎。その声に反応して、先頭を歩いていた日下部までもがこちらに向き直ってしまった。
「――ん?」
日下部は、白川慧たちの顔を認めても目立った反応を示さない。沢崎と違って僕らは同じクラスなのだが、覚えていないのだろうか。まあ、覚えていないのだろう。
「――沢崎、拓也。え、日下部さん?」
白川慧は学年の有名人たちの姿を認識し、何度か目を瞬かせたあと、問いかけの声を唇の隙間から漏らした。まずい。非常にまずい。
「あ?」
知らない女の子に自分の名前を呼ばれた沢崎が、僅かな不快感を顔に覗かせる。顔が整っているだけに、小さな変化でも実際以上に苛立っているように見えた。
「あ〜沢崎。僕と同じクラスの白川さんと、その他の人たち」
「その他だって」
「ひどくない?」
僕の紹介に白川慧が吹き出して、それに追従するように他の三人も笑った。別に冗談を言ったわけではなく、本当に名前が分からなかったのだが。
「志野くんってさ――」と白川慧は笑いながら言って「沢崎くんと仲良かったんだ?」と続けた。
言葉を区切った瞬間、彼女の表情に暗い影が落ちたように見えたのは気のせいではないだろう。明らかに、怪しんでいる。
「ああ、まあね。休日に遊ぶくらいには」
沢崎と口裏を合わせる暇もなかったので、正直に答えた。虚実をとりまぜたほうが人を騙し易いと聞いたことがある。
「日下部さんも?」
「そう。最近はね」
「ふうん。何だか、意外な組み合わせだね」
何かを追求するような響きを言外に匂わせて、彼女は僕と沢崎を交互に見遣った。グロスを塗った口許は、笑みを象ってはいるものの、目の光は執拗で猜疑心の強い女探偵みたいに鋭かった。こんな顔もできるのか、この女は。少しだけ、評価を修正する。
「でも、行っちゃったよ。日下部さん」
「うん?」
見ると、日下部がもう先に歩き出している。あなたたちとは話す価値もないの、というようなふてぶてしい足取り。
白川慧は手で口許を隠すようにしてクスクスと笑った。修辞的仕種。