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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-15

「その噂に対する俺の個人的な感想を言っても?」
「どうぞ」

沢崎は煙をゆっくりと肺に入れた後、灰皿で煙草を揉み消した。何を言う気だろう。

「プライドだけは人一倍に高い自我の広告搭だ。私はあなたたちとは違うのよって顔して周りの連中に勝った気でいる。孤独に生きる私ってクールで格好いいってな。孤立するのが怖くて必死に友達ごっこやってる奴等より、自分の価値は上だと思ってんだろ? 実際はそういうポーズをしてなきゃ寂しくて仕方がないだけなのにな。俺に言わせりゃ上っ面だけの友達ごっこのほうがまだ上等だね。人間社会で生きるのに必要な技術をちゃんと学校で会得しようとしてんだからな。まあいいさ。“周りに流されない強い自分”を演じて他の誰かを心の中で蔑まなきゃ、自分の安っぽいプライドを保てないもんな。それはそれで処世術の一つなんだろうよ。ま、そんな奴は社会に出たらただの欠陥品なんだろうけどな」

歯に衣を着せない言葉が散弾みたいに撒き散らされた。完全に喧嘩を売っている。嘲りを隠そうともしないその響きに、僕はピリピリとした緊張感を覚えた。
日下部はと言うと、やはり日下部沙耶は日下部沙耶のままだった。蛙の面に水。平気の平左。悠揚迫らず。泰然自若。
彼女は涼しい顔で、と言うより、耳栓でもしているかのようにナチュラルな状態をキープしていた。あれだけの嫌味を受けて、むしろさっきよりも落ち着いているように見えるのは気のせいか?

「沢崎。らしくないぞ。何をそんなに苛々してるんだ」
「別に。俺は素直な感想を口にしただけだ。苛々してる? 気のせいだろ」

そう言いながら新しい煙草に火を付ける動作が、その言葉を否定していた。自分でも苛立ちの原因が分からず、それがまた彼の胸の内をざわめかせているのだろう。

「違うかよ、日下部沙耶。自分は孤独に耐えられない弱者とは違いますって格好付けてるだけなんだろ、お前。ブスや不細工がそれやったら、すぐにバレるからな。幸いお前の容姿は、そういう役に入るのに持ってこいだ。演じて騙すのは簡単だったろ? クールビューティー気取りの寂しがり屋さん。お前が心の中でバカにしてる連中とお前自身に大差なんてねえんだよ。結局、ひとりぼっちが怖くて仕方がねえんだろ?」

何だろう。明らかに、沢崎の様子がおかしかった。僕の知っている彼は、ここまで露骨に敵愾心を顕わにするような奴ではない。いつも飄々としていて、嫌いな奴にでもスマートな皮肉を言うような奴なのだ。

「おいおい」と僕は言った。宥めようとしたのだけれど、彼の耳に届いている様子はない。このままでは殴り合いが始まるのではないか。
はらはらしながら横に目を遣ると、日下部はやはり無表情だった。怒りを押し殺すわけでもなく、白けている様子でもない。沢崎の言葉をしっかりと受け止め、吟味して、飲み込み、それでもなお、何の感慨も受かんではいない様子だった。

完璧なまでに中庸で、朝凪の海辺に佇むアンドロイドのように静謐な横顔。
刃のような言葉は海風に拐われて霧散する。
水平線の彼方に彷徨わせるような眼差しは、零度の輝き。温もりは何処かに置き忘れている。

沢崎の非難が図星なら、普通の人間はこんな顔をしない。隠していた真実を暴かれたとき、人はもっと人間的であるはずだ。怒ったり、取り乱したり、むきになって反論したり。
無反応こそが最も非人間的な反応なのだと、日下部を見て僕は思った。

沢崎もそう思ったのか、まったく動揺する気配のない日下部を見て渋面を浮かべた。


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