アイカタ―――前編-11
コンクールの前夜、俺は近所のファミレスに真弓を呼び出していた。
間の悪いことに、電話を切って数分後に冷たい雨が降り始めた。
『あいつ、ちゃんと傘持って出たんかな……』
心配になってもう一度携帯を手に取った時、真弓が入口の扉を押して入ってくるのが見えた。
フード付きの焦げ茶色のダウンベストに、真っ赤なコーデュロイのショーパン。
滅多に真弓を褒めない俺が、たまたま「なんか今日可愛いやん」と言って以来、真弓はこの組み合わせを着て来ることが多い。
頭のてっぺんで少し逆毛を立てるようにして結わえたポニーテールが、雨粒でキラキラと光っている。
「あ―――ケンタ!」
俺を見つけて嬉しそうな笑顔で手を振る真弓。
その屈託のない表情を見ると、自分が今から失おうとしているものの大きさに、胸が潰れそうになった。
「スマン―――雨に遭わしたな」
いつもより素直に優しい言葉が出た。
「別にええよそんなん。それより……ハイ、これ」
真弓はダウンベストのポケットから裸の一万円札をぺらっと取り出してテーブルの上に置いた。
「え?……なんやコレ」
「うん。お父ちゃんが『二人で好きなもん食べてきたらええ』って」
小さなハンカチタオルでダウンの雨を拭き取りながら、真弓がニンマリと笑った。
「いやいや、今日は俺が出すしええて」
親父さんの気遣いがいつも以上にツラい。
土曜日とはいえ、夜の8時すぎに女の子を外へ呼び出してるだけでも気が引けてるのに、相手が俺やというだけでここまでしてくれる親父さんに、ほんまに申し訳ないと思う。
「ええのええの。お父ちゃんケンタに構いたくてしゃあないねんから―――あ、私ガトーショコラとドリンクバーで。ケンタも何か追加したら?」
真弓はあっけらかんと言いながら、通りかかったウェイトレスに素早く注文を告げた。
「あ、お、俺はコーヒーまだあるし」
「―――――遠慮せんでええのに。ケンタはお父ちゃんの大のお気に入りやねんから」
ウェイトレスが立ち去ると、真弓は頬杖を付きながら俺にニコッと愛らしい笑顔を見せた。
―――――違うねん真弓。
親父さんが俺を可愛がってくれてるんは、俺やのうて真弓のことが可愛いからや。
今日から多分、俺は世界一お前の親父さんに嫌われることになるはずや―――。
俺はすでにぐらつきかかっている決心がこれ以上傾かへんうちに、本題に入ることにした。
「あのな……真弓」
「―――うん。何?急に深刻な顔して」
「あのな……あの……お……俺と……わ…別れてくれへんか?」
何故か「別れて」という言葉のところから急に早口になった。
「………は?………」
思いもよらぬ突然の決別宣言に、真弓の頭が真っ白になっているのがその表情からわかる。
「何それいきなり。訳……わからへんのやけど」
「……スマン……全部俺の我が儘やねん」
「我が儘て何よ?他に……好きな子出来たってこと?」