アイカタ―――前編-12
「―――お待たせ致しましたぁ。こちらガトーショコラになりまぁす。こちらドリンクバーのグラスになりまぁす」
間抜けなタイミングでケーキが来た。
全く空気を読まない、すまし顔のウェイトレスの動作がひどくのろまに感じる。
重苦しい沈黙の中、俺を睨み付ける真弓の目に、みるみる大粒の涙が溜まってぽろぽろとこぼれ落ちた。
「失礼しまぁーす……」
ついさっきまで鈍そうに見えたウェイトレスが、立ち去り際に野次馬丸出しの目で真弓の顔ををチラッと盗み見た。
クソッ……見せもんやないぞ―――。
感じの悪いウェイトレスが完全に奥へ引っ込んだのを確認してから、俺は口を開いた。
「あの、あのな……他に好きな女出来たとか、真弓のことが嫌いになったとか……そんなんちゃうねん。ほんまやったら一緒にいたいと思てる。お前といたら一番楽やし、安心出来るし、それに……」
自分でも驚くほど言葉がたくさん溢れて来たが、何故か言えば言うほどズルい男になるような気がして、俺は途中で口をつぐんだ。
「もしかして……うちの……仕事のせいなん？」
四つ折りのタオルハンカチで鼻の下を押さえながら、真弓が呻くように呟く。
「本田鉄工継ぐのんが、かなんから？」
「いや……そういうわけでもないねん」
当たらずとも遠くない真弓の推測に、俺はあかんと思いながらも曖昧に言葉を濁す。
本音を言えば、俺は本田鉄工に入ってもええと思ってた。
もっとぶっちゃけて言えば、もし芸人があかんかったら本田鉄工で働いたらええと、俺は心のどっかでずっと思ってたんやと思う。
そうやって自分だけはしっかりと安全牌を握ったまま、俺はシーナが入試に失敗することをずっと祈ってたんや。
俺は、俺の本気がシーナに伝わらへんことにいつも苛立ってたけど、本気やなかったんは、実は俺のほうなんかもしれん。
――――そう気付いたんや。
「真弓。俺な………俺、芸人になりたいねん」
「……は？」
俺の突然の告白に、真弓は今度は唖然とした表情のまま固まってしまった。
大きな目が真ん丸に見開かれて、茫然と俺を見つめている。
涙は一瞬にして止まってしまったようだ。