恋愛小説(6)-1
光の様な丸い縁が僕の真ん中あたりにあり、それは熱を持ち、音を放ち、何かを引き寄せる力を魅せながら、僕の知らない間に消えて行く。決してそれは、僕と無関係の場所で行われている事象では無くって、ただただ僕自身が気付かないというだけのこと。千明と話す時に感じたあの痛みは、それに似ている。
失ってしまったものはもう二度と戻りはしない。輪廻を繰り返そうとそれはもう既に失ってしまった過去の事なのだから、もうどうしようもない。そんな周知の事を僕はいつまでも、あの日以来ずっと考え続けている。等価交換という言葉がある。何かを得たとき、それと同等の何かを失っている、というあれだ。なら僕が何かを得た時に失った何かとは、一体なんなのだろうか。逆に何かを失った時に得たものとは、一体なんなのだろうか。
それがわからないから、人生は素晴らしいと、えらい人は言う。僕はそうは思わない。失って得たものすら見失うのなら、いっそのこと何もかも最初から無ければ良かったのに。
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18時を過ぎる頃にはもう随分と当たりは暗くなって、かじかんだ手に息を吹きかけ「寒い寒い」と繰り返す事も多くなって来た。木々はその内蔵するエネルギーを何処かに隠して、無機質に黙りこくっている。そうだ、冬が来たのだ。大学に入りもう三度目の冬だ。何回来ようとこの寒さに慣れはしない。夏の頃は早く冬が来れば良いなんて身勝手な事を考えていたものだが、来たら来たで、彼らを歓迎しようという気には慣れないのだから、人というものはどうしようもない。
僕は一人だ。
過去の事を思い出すと、僕はそう自身に結論づける。「僕はいつだって一人だった」
その一方で、僕は僕自身に反論をする。僕は一人なんかではなかった。「傍らには、千明がいた」
なら今はどうなの?と、また別の僕はこう言う。「失ってしまったのだから、今は一人でしょう?」
それを聞いて僕は言う。「あぁ。僕は一人さ」
「ひーちゃん」
「ん?」
「なに熱心に考えているの?」
僕はそんな言葉を聞いて、内なる声から耳を閉ざした。実際、ぼんやりとしか聞こえてなかったそれはもう二度と聞く事のないものだということを、僕はそのとき気づいていたのだが、全然惜しくなかった。答えは最初からあったからだ。
「別に、なにも考えていないさ。ただボーッとしていただけ」
「最近ひーちゃん、一人でボーッとしてることが増えたね。なにかあったの?」
葵ちゃんはそう言うと、かわいらしい仕草で僕の眼を覗き込んだ。葵ちゃんの眼に僕が写っていて、その顔は酷く痩せていて、無精髭が生えていた。
「なにも無い日なんてなかったさ」
「いや、そういうことを言ってるんではなくって」
「……大丈夫だよ。別になにもない」
一呼吸おいて僕はどうにかそう言葉を絞り出すと、後は黙った。意識は完全にあの時に行っていた。何故あんなことになったのか、と僕は今まで何度も自問自答を繰り返した。その度に激しい痛みに苛まれて、僕は自身がおかした過ちに眼を背けた。
「ひーちゃん、千明先輩となにかあったでしょ?」
「かもしれない」
「ひーちゃん、私、本気で心配してるんだけど」
僕はあの日、あの時にあったことを、誰に話すこともしなかった。出来なかった訳ではない。結果で言えば、しなかったのだ。僕の中で整理がついていない事も理由として上げられるけれど、きっとそう言う事じゃない。この事は、僕自身が何とかしなければいけないことなのだ。それはあるいは、闇を連想させる。連綿と続く深い闇の中を手探りで歩いて行く様な、そんなイメージだ。でもそれは人生においては、当たり前なのかもしれない。一つだけ解っている事と言えば、僕は僕自身で混乱しているという事だけだ。