異界幻想ゼヴ・ラショルト-1
「ではこれより、合同訓練を執り行う!伍長、前へ!」
四十半ばとおぼしき軍曹が、声を張り上げた。
三十後半くらいのいかにも頑健そうな体つきの男が、ぬっと前に出る。
「まあお手柔らかにな、伍長」
木刀を肩に担ぎ、ティトーは余裕たっぷりの声で男を煽る。
「また伍長か。芸がないぞ、ラザッシュ!」
軽い声で、ジュリアスが軍曹を揶揄する。
向こうの軍曹の頬が、一瞬だがはっきりと引き攣った。
「吠えるな、小僧!」
軍曹が、そう怒鳴り返す。
「貴様と同じく、我々とて修練を積んでいる!アパイアがどれだけ強くなったか、見てみるがいい!」
「へーへー、楽しみにしてますよっと」
鼻くそでもほじる仕草がよく似合う相手を小馬鹿にしきった口調は、軍曹の怒りに油を注したらしい。
「小僧……!」
つかつかと歩いてくる軍曹を、ジュリアスはぎっと睨みつけた。
「なんだよ、やるか?」
「やらいでか!」
キスでもできそうなくらいに顔を近づけて互いを威嚇している様を見て、深花は呆れ顔のフラウに尋ねた。
「ラザッシュ軍曹……でしたっけ。ずいぶん、ジュリアスと仲がいいんですね」
呆れ顔のまま、フラウは答える。
「まあね。あたしは直接係わってないからよく知らないんだけど、軍曹は新兵訓練の担当者なの。つまり……ジュリアスとはその頃からああいう仲なのよ」
「あー、なるほど」
思わず、深花は納得した声を出した。
軍曹の台詞から察するに、おそらくは入隊したばかりのジュリアスをいびろうとして手酷い反逆に遭ったのだろう。
ジュリアスらしいといえば、この上なくジュリアスらしい。
「それにしても、あの二人を見てよく仲がいいと思えるわね」
フラウの言葉に、深花は驚く。
「え?だってあんな言い合いをしてる割には手を出してないですし、不穏な気配が全然ないですし」
互いの耳元で口角泡を飛ばさんばかりにぎゃあぎゃあと喚きあっているものの、両手は力なくだらりとぶら下がっていて持ち上がる気配はない。
上背はジュリアスの方があるのでラザッシュは圧され気味だが、怒鳴り声では負けていない。
格闘や暴力に対する観察眼が身についてきた深花の姿勢に、フラウは笑みをこぼす。
「そうね。よく見えるようになったじゃない」
言いながらフラウは、自分の持つ木刀を深花の背後に向けて無造作に振るった。
小さな音がして、木刀の刀身に細い針が刺さる。
深花の命は、相変わらず狙われていた。
殺傷能力などなさそうに見える針だが医局に現物を回して鑑識にかけた所、内部に毒が封じられているのが判明した。
体に刺さると針が折れて中から激烈な毒が噴き出し、対象の命を奪う仕掛けになっている。
逆を言えば折れないと発動しない仕掛けであり、体に刺さらない限りは防げるのだ。
最初の襲撃で迂闊に針を握ってしまった事を反省し、今はフラウが深花の警護に当たっている。
「また、ね」
フラウは木刀に刺さった針を、布にくるんでから取り外す。
どうやら少し珍しい毒らしく、医局からサンプルを欲しがられたので針は丁寧に保管されていた。
最も、毒物を内包した針などという物騒な代物をその辺へ気楽に捨てる訳にはいかないのだから、医局の申し出は願ってもない話だったりする。