異界幻想ゼヴ・ラショルト-19
「普通の怪我なら治るのに、どうしてか治んなくて……」
弁解する深花を、ジュリアスはそっと抱く。
体をくっつければ、深花の肩に自身の顎が乗った。
「バランフォルシュが、こいつは消す必要がないって判断してんだよ」
「バランフォルシュ様が?」
驚く深花に、ジュリアスは言う。
「人間と精霊の間に交わされた取り決めのうちの一つだ。俺達四人は普通の人間にはない特典を与えられてるけど、昔はパイロット引退後もうっかり忘れて無茶する奴が多くてな。引退後はただの人間に戻る事を思い出させるために、軽い擦り傷なんかはたまにわざとそのままに……」
ジュリアスの目は、深花の首元に吸い寄せられた。
「お前、ペンダントは?」
「あ……実は」
首にペンダントがない理由を、深花は説明する。
「そんな事ができるのか?」
「うん。アレティアになりたての頃、色々試したって言ってた」
「そうか……」
一番信頼できる相棒の目論みだ。
絶対、成功する。
「あの、さ……」
居心地悪そうにもじもじしながら、深花は言った。
「いつまでこの体勢でいればいいのかな……?」
向かい合って抱き締められたこの姿勢は、妙に気恥ずかしい。
「ひゃっ」
首に唇が触れたため、深花は悲鳴を上げた。
「ここに入ってるんならこうしてろ」
「や、ちょっと……!」
耳の近くで聞こえる美声は反則だと、深花は思う。
体がぞわぞわして、何も考えたくなくなる。
一方のジュリアスは、内心で反省していた。
柔らかな肢体を抱いているのは純粋に役得ではあるが、思わず首にキスしてしまったのは自分の理性の薄さだ。
思う所があり、ジュリアスは尋ねる。
「お前さ……」
「く、首っ!耳!」
慌てて抗議すると、ジュリアスは含み笑いを漏らした。
ほんの少し、体が離れる。
「こういう状況で聞くのも何だが、クゥエルダイドとの事は……」
話題の不吉さを示すように、トーチの火が揺らめいた。
「うん。ご覧の通り、あまりショックじゃない」
あっさりと、深花は認める。
「気絶から覚めて、彼と何をしていたのかはぼんやり覚えてるんだけどね……詳しい所はティトーさんに預けちゃったから、私自身にそのショックはあまりないんだ」
今度は深花が、ジュリアスに問う。
「あのさ……どうして、彼を手にかけたの?」
ジュリアスの頬に手を添え、真正面からその目を覗き込む。
血の色をした瞳には、動揺が見て取れた。
「彼は侮れない実力を備えていたけれど、あなたなら殺さずに制圧もできたはず。なのにどうして……」
表情に一瞬何とも言えない感情がよぎったように見えるのは、トーチの火の揺らめきのせいか。
「……言えるわけねえだろ」
呟いて、ジュリアスは視線を逸らす。
深花にも誰にも、打ち明けられる話ではなかった。
あの時自分を突き動かしたのは、嫉妬と憤怒。
そして一縷の羨望だったと、誰に向かって言えるというのだ。
自分が深花を抱ける機会は、限られている。
しかしクゥエルダイドは又聞きした話の内容から察するに、あの場所を突き止めるまでの短くない時間に心ゆくまで深花を抱いたのだ。
そんな事を考えたら、クゥエルダイドを生かしておきたくなかった。
最後の言葉として己の命乞いより自分を侮辱する事を選んだその肝の太さは、疑う余地なく立派なものである。
深花の事がなければ、気の合う友人になれたかも知れない。
そう思ったが、全ては手遅れだ。
深花は既にクゥエルダイドに犯され、自分の手はクゥエルダイド殺害の罪にまみれている。