「Wing」-23
「おい、坊主。生きとるか? 生きとったら返事せい」
うっすらと目を開ける少年。その目の前に頭にタオルを巻いた怪しいおっさんが立っていた。三十歳くらいだろうか。髭は伸びっぱなし、頭のタオルは元の色が判らなくくらい、黄ばんでいる。
「どうしたんだ? こんな所で」
影が随分伸びている。二人の上には茜色が空一面に広がっていた。
「おじさん、誰?」
少年が眠たげな目を擦りながら尋ねる。
「俺か? 俺はハンク。そこで鍛冶をやってる。それより坊主、こんな処で何してるんだ?」
「泊まる家、無いから……」
俯いて答えた少年。過去の事と言っても、つい最近起こった出来事。父と母の事は少なからず心の何処かに影響を及ぼしているに違いない。
「なら俺ん家来いよ。飯ぐらいなら食わせてやるぞ」
今までの街の人々とは違うその対応。警戒の念が先に起つ。
「いいの?」
「遠慮すんなって。坊主、家無いって言ってたよな。なんなら一緒に暮らすか?」
少年の顔がパッと明るくなった。
「うん!」
やはり人恋しかったのだろう。一月前の村には戻りたくない少年は嬉々として男性の後をついていった。
それから、少年と男性の生活が始まった。男性は刀剣を中心に様々な武器を造っていた。
ある日、少年は部屋の隅に立て掛けられていた一振りの大剣に触れる。ヒヤリと冷たい巨大なそれは厚めの鉄板を叩き上げ、柄を取り付けただけのような無骨なものであった。切先から刃区まで百五十センチ超。全長百八十センチにも及ぶであろう。だがそれよりも剣幅が凄かった。優に四十センチは越えている。その剣と呼ぶにはあまりにも不細工なモノに、少年は何故か心惹かれた。
「ソイツは前にこの国の王様に頼まれて造ったやつでな。どんな物でも叩き切れる剣が欲しいってんでそれを打ったんだが、持って行ったらふざけるなってブチ切れられてな。もうちょっとで首が体を離れるところだったぜ」
笑いながら言ってるがあまり笑えない。
「急な仕事が入ってな」
少年はハンクから様々な事を教わった。基礎体術に始まり、東洋の武術や兵法。武器の対処方から製造方。果ては哲学やら錬金術まで。兎に角色々と適当に。この日は鉄の塊を刃物にする日になったらしい。
「前、教えたとこまで出来るだろ? ちょっと取りに行く物あるんでそこまでやっといてくれ」
少年が教えてもらったのは、製鉄方だけ。取り敢えず作業を始める少年。
先ずは、炉に放り込んでおいた鉄の塊を引きずり出し、冷やして砕き、積み重ねて長方形の形にしてからまた熱する。それを幾度か繰り返し、ようやく長細い鉄の板になった。暫くするとハンクが帰って来た。横目で見ると手に、碧い石を握っている。
「この宝石、ジャスパーって言ってな。よくお守りとして使われてる。お前の持ってるそれと似たようなもんだ」
言って、少年の首飾りを指差す。
「それ、どうするの?」
「そいつの柄を格好良くしてやるのさ」
少年の手が止まった。額の汗を腕で拭う。
「ほ〜、なかなか良い感じに仕上がってるじゃねえか。本打ちと焼き入れは俺がやるわ。玉の研磨やっててくれ」
それから金属同士の衝撃音だけが聞こえ始める。まだ赤い鉄を金箸で掴み、金鎚で叩く。ひたすら叩き続ける事、数刻。薄く伸ばされた金属の塊を再び熱し、数分経ってから水に突っ込んだ。音をたてて、白い水蒸気が立ち上る。
「これで完成だな」
茎に柄を通して剣顎を取り付け、留め釘で剣芯と柄を固定させる。釘を通した穴に、少年が磨いていた、空のように碧く透き通った宝石をはめ込んだ。