淡恋(前編)-9
…あははっ…鞭で虐めるって、ほんとうに楽しいわ…
背後で笑うその女は、手加減することなく、僕のからだに何度となく鞭を振り下ろす。
ビシッー、ビシーッー
…ああっーっ…
胸郭を大きくのけ反らせ、烈しく身悶えする僕の唇の端から、呻きとともに唾液が糸のように滴
りはじめていた。
女は微妙な強弱をつけながら、巧みに鞭を振る。蛇の鱗のように編まれた鞭の表皮が、僕のから
だに吸い付き、肌を噛むようにえぐるのだった。ステージを囲む客席には、グラスを手にした
二十人ほどの客たちが、喰い入るように僕の姿態をじっと見つめていた。
僕が悶え、腰をくねらせると、吊られた手首の革枷がキリキリと皮膚に喰い込む。僕の白い裸体
を強い極彩色のスポットライトが照らし、悶え抜く姿態が赤いカーペットを敷いたステージに
浮かび上がる。
女が振り上げる一本鞭が、鈍色の光と翳りを放ち、容赦なく僕の背後から、臀部や背中、そして
太腿に烈しく喰い込む。鞭の黒い先端は、狂ったように跳躍し、僕の白い肌の上でとぐろを巻く
ように躍り、赤い条痕を刻んでいく。
その鞭の痛みによって、僕のからだの中では、血流が疼き、淫蕩な肉の襞が甘美に剥がされてい
くようだった。
ビシッー… ひいっ…
しなやかに伸びてくる鞭が、うねり、たわみ、身悶えする僕の裸体に絡む。腹部や臀部がくねり、
胸を大きく波うたせながら、僕は咽喉元を烈しくのけ反らせる。
「カズオ、こんなに虐めてもらってうれしいだろう…このお客様にありがとうございます…って、
お礼をいったらどうなんだ…」
サエキが薄笑いを浮かべながら、ステージの脇で声をかける。
僕は自分がMだと思ったことはなかったけど、Mへ向かう僕の気持ちはどこかにいつも漂って
いた。マサユキさんと出会い、マサユキさんの悲しい瞳で見つめられたときから、なぜか僕の
中にはMが芽生えはじめていたような気がするのだ。
マサユキさんに、もっと乱暴に扱われたいとふと思ったこともある。心の奥まで毛を毟られるよ
うに烈しく愛されたいと思ったとき、僕の中にMと思えるものが滲みだし、雫のように滴り、
ふたりの心をとからだを溶けさせていくような気がしたのだ。