「ガイア」-2
そこは林の中にあった。
もう日は落ちていて、古びて黒くなった木製の寺をよく見る事ができない。
「…お化け出そ」
決して褒め言葉じゃない台詞を漏らす。
とにかく、藁にでもすがる思いで戸を叩く。
「すいませーん!こちらに泊めて頂きたいのですがー!」
すると中から。
「少々お待ち下さい」
と、遠くの方から通る声で言われる。その声は若い男の声。
武流と同じか、それより下か。
しばらくすると、宿帳らしき物を片手に持った長い黒髪の少年がやってくる。
さらにさっきの声と同じ印象で、武流と非常に近い歳だと思われる。
「お泊りですか?お名前をお願いします」
武流の前に座り、日付を書くためペンを宿帳に走らせる。
そこから見える字は、まさに達筆。武流にはどんなに頑張っても書けそうにないような字であった。
「…すごっ」
「え?」
武流の声に反応し、少年は顔をあげる。
「綺麗な字だな、と思って」
「……」
武流の顔を見たまま、少年は固まっている。
「な、なにか変な事言いました?」
「え?あ、いえ、なんでもありません」
ペンを持つ手を左右に振る。
しかし、その後も何だか落ち着きがない様子で、宿帳に文字を記す少年であった。
これが二人の出会い。何もない平凡な出会い。しかし、これからが平凡でなくなる。
あるのは、非。
非日常の繰り返し。
ここから、二人と一緒にに現という物語が紡がれていく。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
…また、ゆっくりと、今までの生活が、音をたて、壊れていく…。
一人京に来て、一つの古びた寺に泊まることになった武流。
すでに日は傾き、空を朱色に染め上げる。
自分の住む街とは違った夕日という名の景色。
ただ同じなのは、家の周り、そして、この寺の周りにある木、木、木。
種類も同じ、大量の杉の木。
簡単に言えば、同じなのは森の中という事。
その光景を、寺と並んである宿の一室から眺める。
この宿は宿というより、どことなく寝殿造りに似た屋敷に思える。
とにかく、変わった造りだった。
そんな思いを頭の中で考えていると、部屋の引き戸が遠慮がちに叩かれれる。
「どうぞ」
戸を叩いた主は分かっている。
この宿には武流と彼しかいないからだ。
すっ、と横に流れる戸の向こう側には、玄関で迎えてくれた少年が正座でいる。横には運んで来たと思われる布団一式があった。
「失礼します」
「ありがとうございます。それと、そんな堅くならないでいいですって」
「いえ、一応お客様ですし」
少年は、武流の予想通り同い年だった。
だから部屋に来たとき「丁寧な言葉使わないでいいよ」と言ったのだが、返事はさきほどと同じ。
真面目なのか堅物なのか、よく分からない。
「(俺は気にしないんだけどなぁ)」
と、心中で思う。が、思うだけ。
決して言葉として口から出さない。
言われるのは先程と一緒だろうから。
「ところで、どうして一人でやってるの?」
とにかく、自分が親しく話し掛ければ向こうも釣られて気軽に話すかもしれない、と考え、少年に向かってフレンドリーに話し始める。
「宿の事ですか?」
「そう、さっき事情があるって言ってたよね?」
「ーーー」
しかし少年は語らない。その口を開こうとしない。
目は伏せ、聞かないで欲しいというように、どんどん表情が険しくなっていく。
「あ、嫌なら…別にいいんだけど…」
曖昧に言う。
嫌な雰囲気を吹き飛ばそうと、布団を部屋の中に入れようとしている少年に、わざと声を大きくして話しかける。
「あ!俺がやるからいいよ!」
「え?」
少年と布団の間に無理矢理入り込む。
「いえ!お休みになっててください」
「いいっていいって」
強引に、武流を止める少年を押しのけ布団を持つ。
「よ!」
しかし布団一式は、さほど重くないが、大きくて持ちづらい。さらに前方が見づらくなるという、全くいらない特典付き。
「よく一人で運べたな」
武流の一回り小さい少年には辛いと思う。
そう言うと、何故か再び少年が「わたわた」し始める。
「あ、その!…こ、こう見えても結構力あるんですよ!」
そう言って力こぶを作ってみせる。
だが、袖から肩にかけて、腕を通す所がゆったりしている服のせいで全く見えなかった。