異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-8
「今回ばらまかれた婚約の噂も、ファスティーヌさんを蔑ろにする以外の意図がおありという事でよろしいのですね?」
僅かな時間の対面でも、メルアェスが性別を越えて傑出した人物だというのは窺える。
姪甥に対し、意図的な差別を加えないという事も。
やはり、ユートバルト婚約には何かの意図が隠されているらしい。
それをどう見ても部外者にしかすぎない自分が読み解こうとしているのを、メルアェスは控えめに言っても面白がっている。
だったら期待に応えて意図を読んでみせようじゃないかと、深花は奮起した。
「さあ、どうかしら」
曖昧に答えてはぐらかされるが、これは予想の範囲内だ。
「このまま侯爵令嬢と王子殿下のご婚約が本決まりとなれば引き裂かれる事になる二人がどういう行動を取るか、予期しておいでですか?」
王妃は、くすくす笑った。
「二人ともいい年をした大人だし、子供じみた振る舞いに及ぶには義務を背負いすぎているわ。このまま何もしなければ尊敬と愛情の念が尊敬だけになってしまうけれど……ね」
その笑顔から察するに、なかなか重要なヒントのようである。
「私があなたに話せるのは、このくらいかしら」
あれこれ考えている深花を見て、メルアェスは会話を打ち切った。
「……分かりました」
まだ質問したいからと食い下がっても軽くあしらわれるだけだろうと踏んで、深花は素直に頷く。
「ですが最後に一つだけ。婚約の噂のお相手はもしかして、ファスティーヌさんと張り合っているあの侯爵令嬢ですか?」
最後の質問に、王妃はにっこりと……心底嬉しそうに笑う。
「その通りよ」
「なるほど……お目通りを叶えていただき、ありがとうございました。御前、失礼いたします」
立ち上がった深花は深々と一礼し、メルアェスの前を辞したのだった。
王妃の部屋からユートバルトの部屋に戻ると、居間にはユートバルト・ティトー・ジュリアス・フラウがいた。
「母上から、何か情報を掴めたのか?」
ユートバルトの問いに、深花は頷く。
「王妃様のお考えを披露する前に、一つ殿下へ言いたい事がございます」
ユートバルトは首をかしげ、ティトーは片眉を歪めた。
「もう少し決断力を養ってください。王妃様は、あなたの優柔不断にお腹立ちです」
ぶっと、ジュリアスが吹き出した。
「どうやったらそこまで話が飛ぶんだ!?」
驚く男達を前にして、深花は肩をすくめる。
「婚約の噂の相手にレンターナ侯爵令嬢を選んだ時点で、少しおかしいと思ったの。王妃様に聞いてみればやっぱり、ファスティーヌさんと張り合ってるってティトーさんが言ってた人だし」
そういえば深花の前で姉とじゃれあった時そういう話をしていたと、ティトーは思い出す。
「聞きそびれてたんですけど、婚約の正式発表はもう段取りができているんですか?」
「ああ……何もなければ明後日には発表だ」
そりゃティトーが焦るはずだと、深花は納得する。
「王妃様は殿下に腹をくくって欲しいから、こんなスケジュールを組んだんです。このまま侯爵令嬢とご婚約の運びになれば、二人を不幸にしますからね。可愛い姪君を犠牲にするのは、いくら王妃様でも忍びないという事です。侯爵令嬢に関しては……」
「王子との婚約なんて、あちらには不利益にはなりようがない。ファスティーヌのお古という不快な点には目をつぶる事で、令嬢は地位と名誉を手に入れてファスティーヌを下す快感を味わえるという事ね」
割り込んだフラウの言葉で、一堂の間に納得した空気が漂う。